白金等級

「久しぶりだなあ、ギルド」


「あんたら暇でしょ?昼間っから酒飲むくらいなら探してきてよ」


「嫌だよ……」


 来訪者の呟きは喧噪の中に消える。薄汚れた外套とフードで頭を隠した平凡なその容貌は、フリューゲルの話題で盛り上がる冒険者達の目には止まらない。


「ほら、報酬も出すから――」


「そこ、どいて」


「あっ、ごめんなさい」


 そのまま来訪者はギルド内を進み受付へ。


「クエストの受諾ですか?まずは等級を――!?」


「帰って来たよー」


「フ、フロイデさん!?」


「!?」


 受付がその名を口に出した瞬間、フリューゲルを除く全ての冒険者が吸い込まれように顔を動かした。


「あ、やっと気づいた」


「フロイデ、あんた帰って来てたのか!?」


「ついさっき。あ、近寄らない方が良いよ。今の私多分クサイから」


 来訪者――フロイデと呼ばれた女はそう言って素顔を晒した。汚れてはいるが、その生まれつきの白髪と少し垂れた眠たげな目つきは冒険者達にとっては馴染みのある顔だった・


「うっそお!?本物!?」


「……誰なんですか?」


「しっ、知らないの!?一人しか居ない白金等級!」


「白金等級……」


 フリューゲルは過去、オーウィンとした会話を思い出す。


『ああ。現役の白金は今は一人だけ。お前がなれば二人目だ』


 ただクエストを受けているだけでは絶対になれないと、オーウィンが語っていた等級。オーウィンが託した夢そのもの。


「ずっと未踏区域を探索してたって聞いてたけど、まさか今日帰ってくるなんて!ギルドに居て良かった……!」


 フロイデに課せられたクエスト、それは探索。


 そもそも、通常の獣と異なった特徴、力を持った生物――モンスターの出現を契機に設立されたのがギルドであり、その出現地域を含めた調査を行う者が冒険者と呼ばれていた。


 現在では周辺地域の調査は全て完了している。距離と危険が伴い、生半可な冒険者であれば踏み込む事すら出来ない未踏区域と呼ばれる地域を残して。


「先駆者が大体明らかにしちゃったから、今の私達は未踏区域から侵入してくるモンスターを倒すのが仕事になってる。でも、あの人は違う」


 何故、ただモンスターの討伐を行う者達がと呼ばれているのか。それはその名残である。


「単身で未踏区域に踏み込んで、誰も知らない何かを探す冒険……本当の意味で冒険者と呼べるのは、今はあの人しか居ないのよ!」


「……そうなんですか」


 興奮するアイラに比べて、フリューゲルは何一つ揺らがない。オーウィンが自分に求める物そのものが目の前にあるというのに。


「……オーウィンさんが居たら見ておけ、って言うのかな」


 フリューゲルの為になると判断すれば、オーウィンは決まってそう指示していた。


 しかし、今のフリューゲルにとって目の前の存在は遠すぎる。この一ヵ月間でこなしたクエストも、自身の成長というよりオーウィンを引き寄せるのが目的になっていた。


 託された夢へと進みつつも、フリューゲルはただただオーウィンの存在だけを求めている。


「なあ、今回はどんな冒険を――」


「その話はまた後日。受付ちゃん、至急ギルド長に伝えてほしい事がある」


「はっ、はい!」


 周囲が冒険談を求めるのを拒否し、フロイデは受付にそれを告げた。


「厄災が来る」


 その瞬間、ギルド中の冒険者達が息を呑んだ。


「規模は甘く見積もって前回の二倍から三倍。ここに来るまでは……十日ぐらい?超全速力で帰って来たからこれでも限界だったよ」


「えっ、えっ」


「早くギルド長に」


「あっ、はい!」


「……あー、これでお風呂入れるー」


 受付が慌てて奥へと姿を消すのと同時に、フロイデはギルドの出入り口を目指して歩き出した。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!今の話は――」


「ホント。明日にでも全員対象、強制参加の発令が出ると思う。今の内に備えておくように」


「マジかよ……」


「……あ」


 ギルド内の雰囲気は一変していた。呆然とする者、すぐに動き出す者、語り合う者、騒然となったギルドの中で、フロイデは何かを思い出したのか、小さく声を上げた。


「外でグリフォン、捕獲されてたよね。あれ誰がやったの?」


 周囲の慌てように反したマイペースな発言に戸惑いながらも、冒険者達はその答えに視線を向けた。フロイデもそれ従い、初めてフリューゲルを視界に入れた。


「君?」


「……はい」


「そう、何かさっきオーウィンがどうとか言ってたけど、オー君と知り合い?」


「……えっ」


 自分の独り言を聞かれていた事より、その名前が目の前の人物から発せられた事にフリューゲルは驚いていた。


「その剣、ダンゴロ鍛冶屋製だよね。あそこの武器ってオー君のお気に入りなんだよ。……懲りないなあ本当」


「ちょ、ちょっと」


「色々口出しされたりした?ま、それでアレが捕獲出来るくらい活躍出来てるんだったら良いや」


 呼び止めるフリューゲルに対し、自分の疑問を解決し終えたフロイデは構わずギルドを出た。


「待ってください!オーウィンさんの事、何か知って――」


 フリューゲルがそれを追いかけ、外に出た時には既に姿を消していた。縋るように伸ばした手の力を抜き、フリューゲルはただ項垂うなだれる。


 その日も結局、騒がしさが増したギルドにオーウィンが現れる事は無く、アイラの気遣いを受け早々にフリューゲルは誰も居ないオーウィン宅へと帰宅した。


 ――筈だった。



 ☆




「あー気持ちよかったー」


「なっ、何で……」


「え、さっきの子?」


「――何で貴女がここに居るんですか!」

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