敗者

 弱者の罪、それは弱者である事そのもの。


「大丈夫か」


 それには幾つかの原因があった。

 本来そこには居るはずの無い、凶悪なモンスターが居た事。


「あ……あ……」


 それを追っていた冒険者の集団に、当時華々しい活躍をし続け、駆け出しの冒険者達にとっての憧れになっていた彼が居た事。


「あ、足が……」


 そこに偶々居合わせた弱者を、彼は見捨てられなかった事。


「――気にするな」


 これが、かつての弱者わたしの罪。






 ☆





「覚えてるかな?前に一度、ギルドをうろついていた君の足を引っかけて転ばせた事がある」


 フェリエラは衣服に付いた砂埃を煩わしそうに払った。その言葉の先には、殴り飛ばされ地面に倒れ込んだフリューゲルの姿がある。


「髪を乱しながら、今みたいに這いつくばる君の姿が笑えてね、黒い虫みたいだったよ」


「……っ」


「立てるんだ」


 腹を抑えながら立ち上がるフリューゲルに対し、フェリエラは少し意外そうに呟いた。


「いや、オーウィンさんから教えを受けてるんだ。これくらいは出来るか。……本当に、何で君なんだろうね?その貧相な体でも使って――違う、オーウィンさんはそういう事はしない。うん、軽率だった」


「貴女は……何でこんな……」


「分からないんだよ、ねっ!」


「っあ!」


 フェリエラは再びその場から消え、次の瞬間にはフリューゲルの真横に現れる。立ち上がり切っていない体に繰り出されたのは蹴り。


「何で君みたいなグズなんだ?」


 吹き飛ばされたフリューゲルに対し、フェリエラは即座に接近し追撃する。


「何故私じゃない」


 追撃。


「何故だ!」


 追撃。


「……ぅぐっ!」


 何も無い筈の空中で弾かれ続けるように飛んだフリューゲルは、最終的に叩き付けられるように岩壁に激突し止まった。


「彼の夢を最適に引き継げるのは、私しか居ない」


 フェリエラは地面の有無を確認するようにステップを踏み、再びその場から消えた。凄まじい脚力によって踏み砕かれた跡を残して。


(今、この技術を最も上手く扱えるのが私だ)


 風足かぜあし。フェリエラの凄まじい速度を実現しているマナの運用方法。


 本来、脚部にマナを集中させる事で脚力を強化し、移動能力を向上させるのは冒険者にとっては基本中の基本であり、技術とすら呼ばれない。


 しかし、誰もがは脚力を強化はしない。脚部に回すマナの量が増える程に、速力は向上しても他の部位の強化が薄くなる。つまり、自身の速力に体が付いて行かず、自滅の危険性が発生するのが理由だった。


(オーウィンさんが生み出した、この素晴らしい技術を)


 だが、オーウィンにとってはそれは問題にはならなかった。


 全力で踏み出した後、即座に集中させたマナを再度全身に巡らせる。失敗すれば確実に自滅するこの困難な解決策を当たり前のように実行する事で、オーウィンは誰もが追いつけない程の速度を得る事が出来た。


 結果、賞賛と畏怖を込めて風足は技術として知れ渡った。


(オーウィンさんを舐めてる連中が居たんだ。何も知らない雑魚共が増えるのは我慢出来ない)


 オーウィンの全盛期を実際に見ていた者と知っているだけの者では、認識に差が発生する。しかしその差はフェリエラに見つかり次第、陰でされる事になる。経歴の浅い冒険者達の間での暗黙の規則。


(昔の弱者わたしはもう何処にも居ない。強くなった私には、オーウィンさんの偉大さを証明し続ける義務がある)


 それが、フェリエラが自身に課した罰。


(この足で昇り詰める事が、何よりも証明になる。あの人なら分かってくれる筈だ)


「……ふーーっ」


 激突の後、寄り掛かるように岩壁に背を預けていたフリューゲルが、大きく息を吐き背を離した。その周囲の地面には今も尚、次々に跡が生まれている。


(――だから、あの人の隣に相応しいのも、夢を継ぐのも私だ!お前みたいなグズじゃない!それを証明する!)


 周囲での移動を止めフェリエラは最高速度でフリューゲルに接近する。その勢いのまま繰り出された拳が、フリューゲルの顔面を横から打ち抜こうとしていた。


「……はっ?」


「やっと、見えた」


 しかし、その拳はフリューゲルの腕によって阻まれる。硬直するフェリエラの姿を、フリューゲルの視線が捉える。


「っ!」


 その瞬間、再びフェリエラはその場から姿を消した。落ち着いた表情でそれを見送り、前へと歩き出したフリューゲルの髪が風によって靡く。


(違和感だ)


 流れる景色の中で、フェリエラの襲った違和感。


(どうしてああも平気そうにしている?)


 フリューゲルが膨大なマナを持ち、反則的なまでの防御力を有している事をフェリエラは知らない。一撃目以降の攻撃は、全身での防御に集中する事で対応されていた。


「マナを足に集中させて動いてる……だったら私も……」


 外眼部にマナを集中させる事で、動体視力を向上させたフリューゲルの目がフェリエラを捉え始めた事も。


(オーウィンさんの、お気に入り)


 認めたくない。しかし、その言葉の意味とオーウィンの行動の真剣さを、フェリエラは内心では理解していた。


(勝てない?)


 その心中の呟きと共に、フェリエラの中で幾つもの記憶が溢れ出す。


『おい、そこの。さっきから戦ってるのを見てたが、剣から手を離すのは流石にダメだろう。……緊張で手汗が酷くて剣が滑る?じゃ、これを使うといい。ミノタウロスの革で出来た手袋だ。作ったは良いがしっくりこなくてな。あ、使うなら一応洗えよ』


『風足のコツ?四六時中マナを扱う事を意識しろ。後は訓練しかない』


『すまん、補佐それはは無理だ。――俺はまだ、冒険者でありたい』


「――ああああっ!」


「見えた」


「っ!?」


 迷いを振り切ったフェリエラが再び接近した時、フリューゲルの目は完全にその姿を捉えきっていた。接近に合わせるように懐に潜り込まれ、衣服を掴まれ投げの体勢を作られたフェリエラの体が宙に浮く。   


 抗えない浮遊の中で、フェリエラは自身を投げ飛ばすフリューゲルの背を憤怒の表情で睨みつける。


「クソブス――がはッ……!」


 勢いをそのままに、フェリエラは地面に叩き付けられた。仰向けに倒れたまま犬の様に短い呼吸を続ける敗者を、冷え切ったような目でフリューゲルは見下ろしていた。


「貴女がオーウィンさんの何なのかは知りません。私をどうしたいのかも。――でも、それが何にせよ私にはもうオーウィンさんしか無いんです。私は貴女に何を言われようと、オーウィンさんの隣に居続けます」





 ☆




「おいおい、マジかよこれ……」


「マーク、後は頼む」


「……お前、分かっててやったな?」


「さあな」


 待って。


「大丈夫かフリューゲル。……話すべき事は後で話そう。アイツは、マークに任せておけ」


「あ、はい……あの人、さっきのオーウィンさんと同じ動きでした」


「風足……と呼ばれてるらしい。理屈は単純だがマナを上手く扱える必要がある。実際にあのレベルを体感出来たのは良い経験だ。膨大なマナを持つお前なら、簡単に習得できるだろう」


「練習してみます。……あ、そういえばワイバーン、ちゃんと倒せましたよ!」


「おい、動くなって。こりゃ骨が何本か――」


 待っ、て……。

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