完成

「お母さん」


「っ!あんた……」


 フリューゲルの母、ロイエは見た。自分達の目の前に、血眼で探していた娘が笑顔を浮かべて現れたのを。


「今日はお別れを言いに来たの」


 満ち足りたような、何かの答えを見つけたような笑顔だった。


「もう家には戻らない。お兄ちゃん達にもそう伝えてほしい」


「っお前は私の娘!ここまでお前みたいなグズの面倒を見て来たのも私!だから私の為に生きるのが当たり前でしょ!?――だからその笑顔かおで、私を見下すなッ!」


 そしてそれは、ロイエにとって自分の何もかもを嗤う表情にしか見えなかった。


「おいおい嬢ちゃんよお。んな勝手な事言われても困るんだよ」


 二人のやり取りを静観していた男の内、一人がフリューゲルを連れて行こうと手を伸ばした。


「顔は上々、胸はねえがこれなら十分――っ!?」


「あ」


 しかし、その手がフリューゲルの身体に触れる事はなかった。伸ばされた手と男の服を掴んだフリューゲルによって、男は空中を経由した後に地面へと叩き付けられた。


「あっ……がっ……!」


「ごめんなさい。そういうのはちょっと止めてほしいです」


「てめえ!」


「捕まえろ!」


 残りの三人の男の内、二人の男がフリューゲルとの距離を詰める。


「――ふっ」


 それに対し、フリューゲルは片方の男に向かってそれに合わせるように前へと飛び出た。低姿勢かつ迅速に男の懐に潜り込んで服を掴み、男が自分に近づこうとした勢いそのままに担ぎ上げた。


「っ!?ちょっ――」


「んっ!」


「おっ、おい!うぐっ」


 訳も分からず宙を浮いた男はそのままもう片方の男へと投げ飛ばされ、二人はもつれ合いながら地面へと倒れた。


「はっ、はあ!?」


「……姐さん、ちょっと無理があるぜこれは」


 ロイエの側に居た最後の一人――元冒険者の男は己の感覚からそう断言した。


「諦めた方が良い。冒険者として上手くやってるってのは本当みたいだ。俺達の手に負えない」


「……なんで、あの子がそんな――」


「どけ、ババア」


「っ!ノイン……」


 硬直していたロイエを突き飛ばし、フリューゲルの兄であるノインが家から姿を現した。ノインの拳は苛立ちが込められているかのように強く握られていた。


「お兄ちゃん……」


「お前みたいなグズは大人しくババアに従って、俺の為に働いてくりゃ良いんだ――」


「おい、よせ!」


「よ!」


 男の静止を聞かず、フリューゲルへと近づいたノインは拳を振るう。しかし、ノインの想定通り顔面へとそれがぶつかる前に、フリューゲルの手が拳を掴んでいた。


「……は?」


「お勉強、頑張ってね」


「っ……!」


 役立たず。ノインの中でのフリューゲルはいつしかそう定義されていた。何をするにも鈍臭く、何一つ自分を上回る点の無いグズ。


 その定義を証明するべくもう片方の手で拳を作るが、ノインは動けない。


「アンナとエレインも」


 家の窓から二人の妹が外を見ていた。自分達の姉とは思えない立ち回りと表情に唖然として。


「オーウィンさんの夢……それから私の夢の為に、私は冒険者を続ける」


「ゆ、夢……?」


「……覚えてないよね」


 少し寂し気な表情を浮かべて、フリューゲルはノインの拳を手放し背を向けた。


「さよなら」




 ☆



 フリューゲルには、冒険者を続ける三つの理由が


 家族の為、オーウィンの為、そして自分の夢の為。


 その内の家族という理由は冒険者としてオーウィンと過ごす日々の中で徐々に希薄になり、そして遂には今日という日を迎えた。


「あ」


 家族という枷が外れ、自分にとって必要な物だけを自覚した今この瞬間に――。


「オーウィンさんの言う通り、本当に役に立っちゃったな、対人あれ


 フリューゲルという人間は完成した。

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