第18話 地図と商人

 半年あったら何が出来る?

 例えば帝国の王都から逃げ出した公爵令嬢を捕まえるとか?



 エル・デルスター王国で半年も過ごせば、追手に見つかるだろう。

 私を探すのは父であるロベリン公爵、それに皇太子の婚約者でもあるのだから皇族も探しているはずだ。

 つまりはここに留まれば、遠からず帝国側に見つかるし捕まる。


 晩餐会を終えて、普段と同じ衣装に戻り一行とともに馬車に乗っていた。

 夜も遅いからと女王が気を利かせて馬車で送ってくれたのだ。


「どう? ジョーは半年もここで待つ気でいるの?」

「流石に半年は……長いな」

「だろうね、他の方法を探してみようよ」

「……うん、え?」


 カツラギが笑う。


「もちろんボクらも出来る限り手伝うよ。オズの国に連れて行ってくれる約束だろ?」

「え〜……」

「アンタ、その反応は約束のこと忘れてたんでしょ?」

「うふふ、ちゃんとエル・デルスター王国まで来ましたし、今度はジョーさんが約束を守る番ですねぇ」


 ニコニコとハーレム一行は微笑んでいる。

 そこまでオズの国に行きたかったのか……。確かに世界で唯一の国を作った4人のうちの魔法使いが存命してる国だ。

 厳しい入国制限で多くが謎に包まれているから多少分からんでもないけれど。



 海路が無理となると考えられるのは陸路だが……しかしそうなると大陸を横断しなければならなくなってしまう。

 途中に例の天元山脈もあるわけで……、一体オズまで辿り着くのにどれほどの時間がかかることやら……。

 お祖母様、貴女に会いに行けるのはもう少し先になりそうです。



 ▲△▲△



 船を使わずオズを目指すなら、どうしたらいいだろう。

 カツラギはレベルアップしたいから天元山脈に登ろう! と血迷ったことを言っているけど。

 実際問題、それが一番手っ取り早くはあるのだけど、それは無理なのである。


「天元山脈は魔物の中でも特に強力な魔物の巣になってるから半端な実力だと近づくことも出来んぞ。死にたいのなら止めんがな」


 飯屋で今後について話し合うのを通りすがりのオッサンにすら忠告される始末だ。

 完全にエル・デルスター王国から出発する船でオズに行く気だったから今後の目的がちっとも定まらない。


「あんたら、オズの国まで行きたいのか?」

「そうですけど、貴方は?」


 筋骨隆々に金髪に褐色の肌をしたザ・海の男という風体の男が声をかけてきた。

 纏う衣服は腰までのコートに細かな刺繍のされたウェストコートと派手派手である。

 帽子はアイリスの魔女みたいなのとは違って、

 つばの折られたいわゆる海賊の帽子に似ている。

 見た目だけだと海の男(船長)(中世)という感じ。

 中世欧州の世界観なのは百も承知であるのだが、グラナットの温泉といい、女王のエンパイアドレスに加えてタキシードと海賊風である。

 たびたび思うことだけど時代背景や文化がしっちゃかめっちゃかで地球の歴史を掻い摘んだという印象が残るのだ。


「俺はビラーディのガイウスつっーもんさ。海を渡って大陸中に商品を売ってる商人だ」

「商人、ってことはオズの国にも行くのか?」

「いいや、そこまでは行かねえ。だがこのラビ大陸とアフラ大陸の海峡を通り抜けて、内海を進むからラビ大陸を船で一気に進めるぜ?」


 派手派手海賊船長風商人、ガイウスがボロボロの羊皮紙をテーブルに広げた。

 どこかで見たことのある形をした手描きの地図だ。

 ゼノ帝国のあるラビ大陸の天元山脈から西半分と、地図上ではほとんど陸続きのように見えるほど近い隣の大陸、アフラの全体が記されている。

 二つの大陸の海峡を通れば内海が大陸の奥まであるのだ。

 確かに商人たちは世界中を渡り歩いている。その伝手を乗り継いでいけるなら、オズの国にも辿り着けるかもしれない。

 しかしそれには出来る限り精密な世界地図が欲しいところだ。

 目的も当てもなくフラフラと商人について行くだけでは大陸を彷徨うだけで決して辿り着けないだろう。

 とはいえ地図は、それこそ各国の最高機密として厳重に保管され管理されている。

 他国の国境や地形の詳細を知れれば、いつか戦争が起こる場合に有利になるからだ。

 だからこそ商人たちの持つ経験により詳細になっていく地図は何より重要な財産にもなる。

 この地図も精密なものには見えるが、恐らくは他に見せるためのもので、細部は実際とわざと変えて記されているはずである。


 用心深い商人がおいそれと大事な財産を誰とも知れぬ旅人に晒すわけがない。

 けれどプリムラとアイリスは地図自体を初めて見るようで偽物であるそれも興味深そうに眺めている。

 反対にカツラギは何かを考えるように真剣な顔で地図を注視する。

 何かを見つけたのだろうか。


「その様子だとグラナットからパーティーを組んでこの国まで来たんだろ。それなりの実力者だと見るがどうだい、護衛として俺の船に乗らねえかい?」

「護衛か……」

「もちろん賃金は弾むぜ」


 どうする? と3人を振り返る。

 私は出来れば遠慮したいところだ。これが信用のおける相手であればいいけれど、生憎初対面の相手に信用もクソもない。

 カツラギにはすぐに着いて行ってたって?

 カツラギはカツラギで早い段階で身元と目的が分かってたでしょ?


 このガイウスの目的が単純なハーレム希望、なんて訳はないだろう。

 そもそもである。

 慎重なはずの商人がわざわざ金を出して素人の護衛を雇うだろうか?

 よく考えてもみてくれよ。私だったら高い金を払ってでもプロの護衛を雇って安心を買う。

 目の前の身なりの派手な商人からはどこかきな臭さを感じてしまうのだ。


「オレは遠慮しとく」

「あ〜、うん……僕もかな」

「マサキ様が反対ならば私もです」

「うん、いーんじゃない? 人の話を盗み聞きして割り込んでくるような奴なんて信用できないもん」


 カツラギも何か思うところがあるらしく、私の言葉に同意した。

 アイリスの人の見方は、私ともまた違って面白い。


 満場一致でガイウスの誘いを断ることとなった。


「おおぅ……お前さんらにも悪い話じゃねえと思うんだがよぉ……なら仕方ねえぜ……」


 しょぼんと肩を落としてガイウスは去って行った。

 その背を見送り、ほんの少しも可哀想と思っていない自分に気がついて少し驚いた。

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