第14話 それフラグってやつですよねえ!?

 翌朝。

 早くに目が覚めた。せっかくなので近所を探索してみようと、宿の外に出た。


 レンガ道を抜けて、グラナット公国のメイン通りに出るとどこかでパンの焼けるいい匂いがしてきた。

 より北部に近いからか王都の朝よりもそれなりに肌寒い。

 天気は快晴。空を見上げれば、天元山脈の雪化粧が鮮やかに目に映る。

 あの先にジウロン国が存在している。すでに滅び跡地ではあるが、私の知る人たちの祖国であることには変わらないだろう。


 なんとなく感慨深くなってしまい、公国の探索に戻った。



 ふと、視線を感じた。


 振り返っても見知らぬ街の路地があるばかりで誰もいない。

 しかし微かに覚えのある感覚だった。


 皇后のころ、時折感じたものと似ている。結局何だったんだろう、アレ。


 気になるのなら確かめてみよう。


 収納魔術でしまっていた杖を取り出す。



 手のひらの上に杖を置き、魔力を走らせば杖はクルクルと駒のように回り始める。

 クルクル、クルクル。ピタリ。


 杖先がある方向を指して回転を止める。



『拘束』


 その方向へ魔術を飛ばした。

 不可視の鎖が何者かを捕らえる感触がして、その鎖を思い切り引っ張り上げる。

 黒いローブを身につけて、目深にフードを被って顔を隠した不審人物だ。


「ちょ、ちょっと! 何をするんですか! 危ないじゃないですか! ジョゼフィナ様!」

「やっぱりお前か」


 鎖を締め上げ抵抗を封じて、相手のフードを剥ぎ取れば黒い髪に緑の瞳。

 バルトロッツィ侯爵家次男のタイム・バルトロッツィだ。


 こやつは未来でアカデミーの騎士科に入学して、皇太子と交友を深め卒業後にはそのまま皇太子付きの騎士となった男であり、ラウルスの表沙汰にしたくない"お願い"を叶えてきた男でもあるのだ。

 むしろだからこそラウルスに重宝されていたともいえるだろう。


 本来であれば、この時期にはこやつもラウルスらと同じくアカデミーに入学しているはずなのだが。

 それがグラナット公国にいるということは、つまり。つまり……?


「どうしてお前がここに?」

「貴女のせいでしょう!? 貴女が入学前日に行方をくらましたりなどするから! だからお、……私が後を追わされているんですよ!?」

「だから追ってくるのが、どうしてお前なの? お前んとこと、うちの家はあんまり関係が深いわけじゃなかったろう。そんな関係の浅い家に父が私の不在を吹聴するはずが……」

「皇太子殿下からの命令ですよ!! 入学してすぐに殿下に首根っこ掴まれて『ジョゼフィナを追え。ついでに安否の確認と護衛もしておけ』って命令されてんですよ! こっちは!! 俺だって入学したてだっつーのに!!」


 タイムの言葉に思わず顔をしかめてしまう。

 ラウルスとタイムが知り合うのは少なくとも入学から半年は経った頃だったはずだ。

 ラウルスと魔術科で同じクラスであったカモミールを介して、のはずである。


 それなのに入学してすぐに捕まったとな?


 嫌な予感に冷たい汗が頰を伝った。

 それを単なる予感だと笑おうにも、私はすでにジンジャーや、カツラギと出会ってしまっている。


「皇太子殿下は他になんと……?」

「安否確認のあと、失踪がジョゼフィナ様の意思によるものならば好きにさせておけ、と仰っていましたよ」

「……あの皇太子が?」

「そりゃ、俺だって驚きましたがね。あの傲慢で乱暴者と噂されてる皇太子が失踪した婚約者を好きにさせておくっつーんですから」


「俺はてっきり無理矢理にでも連れ戻して死ぬほど後悔するまで痛めつけてやるとか、そんなん言われると思ってましたからね」


 タイムの言葉に苦笑する。

 未来ではお互いに利用され利用してと、良好なビジネス関係を築いていた2人ではあるが今のタイムがそう思うのも今の時点では仕方のないことだった。

 このころからラウルスは黒い噂の絶えない皇太子だった。

 噂の出所は第二皇子の生母である皇后陛下で、つまるところ皇妃の子でありながら皇太子の座につくラウルスは彼女から非常に疎まれていた。



 タイムを拘束していた魔術を解く。


「じゃ、私はもう行くから」

「えー!? 王都に帰りましょうよ!? 楽しいですよ〜学園生活!」

「皇太子からのお墨付きがあるんだ。好きにさせてもらうよ」

「じゃあ俺も帰れねーじゃねーですか!!」

「うっさい、好きに帰ればいいだろ。1人で」


 1人で帰ろうものなら皇太子に何をされるか分からないと怯える様子のタイムだが、実際ラウルスは私の好きにさせとけって言っているんだ。

 それ以上もそれ以下もないと思う。


「護衛も、一応命令されてんですよ……。どこに行くかは知りませんけど、それなら俺も一緒に行き、行きたくな……!! けど行くしか……ッ!」

「そんな無理について来なくてもいいってば」

「皇太子の命令を全うできずに帰ったら何をされるか……!! 俺にはまだアカデミー入学前の弟と義理になるはずの妹が……!!」


 面倒になってきた。


「なんでまだグラナット公国にいるんですか!? 逃げるならもっと早く遠くに言っておいて下さいよ!」


 ついには足が遅いと逆ギレまでしてくる始末だ。

 どうしてやろうか、こやつ……。

 こっちとしても着いてこられちゃ困るのだから、どうにか着いて行きたくない理由を作ってやるべきだろう。

 収納魔術でしまっていたあるものを取り出して、タイムの方へ広げた。


「着いて来てもいいけど、そのつもりならこれを着て」

「……女性もののワンピースですけど」

「着いてくるならお前には女装をしてもらう」

「帰ります」


 即答したタイムによろしいと頷く。

 解決である。

 実際にこの交換条件でついて来ると言った場合でも、カツラギのハーレム要員としての矛先が移りそうという企みもあるにはあった。


 ハーレム要員として騎士系男の娘もありじゃない?


 男装公爵令嬢というニッチな属性よりは遥かに属性として幅広く性癖をカバーしていると思うのだけど……。



「じゃ、俺はアカデミーに帰ります」

「うん、道中気をつけてな」

「皇太子殿下に何か伝言なんかはありますか」

「オズの国に行きます。そちらには祖母がおりますので、ご心配なさらないでくださいまし、と」

「……いやぁ、それにしてもジョゼフィナ様の本性ってさっきまでの何ですか?」

「まあ、そうね」

「いやはや、そっちの方が俺としては親しみが湧きますね。

 確かに伝言承りました、それと俺以外にも追手はいますから家出をつづけたいのならもうちょっと何とか考えといたほうがいいですよ」


 そう言葉を残して、タイムの姿は忽然と消えた。

『早駆け』という肉体強化魔術の一つだ。

 足の筋肉に合わせて体が壊れないように細かく調整をしながら魔力を纏わせるため習得の難しい魔術である。


 未来のタイムが好んで使っていたことは覚えていたけど、まさかすでに使えていたとは思いもしなかった。


 折角の探索だったのに余計な時間を食ってしまった。



 宿に戻ると、まだハーレム一行は目覚めていないようだった。


「今なら人はいないんじゃないかねぇ」


 朝風呂のチャンスだよ、と耳打ちしてくる女将にお言葉に甘えさせてもらおうか。

 しずかちゃんかよ、ってくらいの頻度で風呂に入っているような気もするけど朝風呂は格別なので仕方ない。


 ラウルスへの嫌な予感を忘れたい気持ちもあり、私はいそいそと露天風呂へと向かうのだった。


 さすがにこんな早く風呂に入ってるやつおらんやろ〜。

 女将も誰もいないって言ってたし!



 脱衣所の時点で、すでに色々と察した。

 風呂の方からきゃらきゃらとハイトーンの声がはしゃぐ声がしてきていた。


 まあ、同性ならいいか。と意を決して扉を開ける。そもそもカツラギ以外に隠しているわけでもないし、白状すると、アイリスがどういう反応をするのか気になった。


「やあ、おはよう」

「あらまあ」

「……って、アンタ!! 女だったの!??」


 明るいおかげで、湯気はあるといっても風呂内がよく見えた。

 メリハリのある体型をしたプリムラに、対してえ〜……お子さ……良くも悪くも予想通りのアイリスだ。

 巨乳だ、貧乳だなどと同じ性別を掲げる身で言及するつもりはない。

 アイリスには是非ともスク水を着てみてほしい。三角帽子はつけたままで。




 は〜〜〜、カツラギの野郎は、この2人といちゃいちゃラブコメしてるってわけですか。は〜〜〜。


 思わず出そうになったクソデカため息をなんとか飲み込む。


 掛け湯をしてから風呂に入れば、両脇を2人に挟まれた。


「なんなの、アンタ。なんで女って黙ってたわけ」

「騙してたわけじゃないさ。お前らが勝手に勘違いしたんだろ」

「うふふ、もしかして、ジョーさんもマサキ様のこと……」

「あ〜〜、安心しろ。私は帝国に婚約者がいる身だ。カツラギには興味ない」


 アイリスにはジト目で睨まれ、プリムラはお淑やかに微笑んでいるはずなのにどこか寒気がしてくる。

 やめてくだしあ。

 私はハーレムに興味ないんですぅ……。




「おはよう、3人とも。みんな早起きだなぁ。ん? なんかあった?」

「いや、何も?」

「えぇ、何も」

「そうね、何もなかったわ」

「?」



 ぷるぷる、ぼくわるいすらいむじゃないよぉ。

 王都で待つ婚約者の存在をチラつかせるが効果は薄そうだ。

 風呂を出て、カツラギと合流すると、種類の全く違う警戒がチクチクと刺さってくる。


 そんな空気にも、カツラギは鈍感主人公の系譜であるのか首を傾げるばかりで特に言及をしない。


 そんなんでやっていけんのかよ! ハーレム主人公!!

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