第二章 冒険する公爵令嬢

第9話 旅に出る公爵令嬢

 6年間、この日のためにだけ準備をしてきた。

 明日は私がアカデミーに入学する日だ。


 最低限のものを詰め込んだトランクケースを手に持つ。

 これから必要になる着替え類はすでに別の場所に用意してある。


 トランクケースを片手に、いざ窓から飛び降りた。

 春の夜の肌寒い空気が肌に触れる。三日月は朧雲に隠れて、ちょうどよく私を隠してくれそうだ。



 この時のためにジンジャーに浮遊魔術を教えてもらっておいてよかった。

 浮遊魔術を断続的に使うことで落下の速度を落として窓のすぐ下に着地する。

 夜の闇に紛れて、そのまま私はロベリン公爵家から逃げ出した。




 王都の端にある民家にてジンジャーが待っていた。


「やあ来たんだね」

「同類の旅立ちですから、私が見送りたかったんです。……ジョゼフィナ様、本当に行ってしまわれるんですか?」


 バルトロッツィ家の双子、タイムとカモミールも明日アカデミーに入学するはずだ。

 恐らくはそれを見送るためにバルトロッツィ侯爵家も王都の別宅へ来ているに違いない。


「貴女は、ここにいれば帝国の何もかもを手に入れられるのに」

「何物も命には変えられないでしょ? 違う?」

「……はい、その通りです」


 ジンジャーは顔を伏せた。

 皇后にそこまでの権力はない。特にあの頃、皇帝ラウルスは私に必要以上の権限を与えなかった。


 派手なドレスを脱ぎ捨てて、動きやすい平民の質素な服に着替える。

 簡素なシャツとベストにズボンとブーツだ。


 それから鋏を手にして、


「ジョゼフィナ様。私がやります」

「本当?」

「旅立つ貴女へ私が出来るのは、このくらいですから」


 鋏をジンジャーに渡して背を向ける。ジョキジョキと鋏の動く音が耳元でした。


 頭に手を触れる。長く保ってきた髪は首のあたりで毛先が揺れるほどの短さになっている。

 肩がすっかりと軽くなったようで心地がいい。


「私はまずお祖母様の故郷であるオズの国に向かう。ジウロン国に行くのはそのあとになると思う」

「はい、良い旅を。ジョゼフィナ」

「偽名も決めててね、私は今から冒険者のジョー・ジックだよ」

「……わかった。ジョー、旅の無事を祈る」

「即位式までには戻るよ、なるべくね」


 軽くなった姿で、ジンジャーはウインクをした。

 控えめに吹き出して、ジンジャーは微笑みを浮かべた。


「ジョー! 私はまだ、貴女に話せていないことがたくさんあります……! だからどうか、どうかもう一度会いに来てくださいね」

「うん、行ってきます。ジンジャー」


 ジンジャーと別れて、日が昇る前に私は王都から抜け出した。

 公爵家の皆にジョゼフィナの不在がバレる前に出発する必要があった。



 ジョー・ジックの旅がいま、始まる!



 日が昇り始め、薄明るくなってきた草原をルンルンと歩く。

 ぬかるみに足を取られて思い切り転んだ?

 平民風とはいえ、新品なのにシャツもズボンもドロドロだ。

 この世ってもしかしてクソ……!?

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