第2話 逃亡するので、計画中 ★

「ジョゼフィナ。今日は何をする予定かな」

「今日は本を読んで過ごすつもりですわ、お父さま。なので、書庫へ入る許可をくださいな」

「うむ。では書庫の鍵を渡すようダニーロへ伝えておこう。気に入ったものがあれば持ち出しても構わないからね」

「お父様のお心遣い感謝いたします」


 朝食の席にて父にその日の予定を伝えるのが日課である。

 上座の席に父がにこやかに微笑みながら私の向かいに座る妹のロベリアへ視線を移す。


「ロベリア。君の予定は?」

「実はロウタス殿下からお茶会に誘われておりますの。今日はそのお茶会へ来ていくドレスを新調しますわ」

「ドレスだけかい? 髪飾りも新しくするといいメデチ夫人へ連絡しておこう」

「まあ、ありがとうございます。お父様」


 いつも通りの朝である。



 未来を含む記憶の中で、嗜められることはあっても叱られたことは一度もない。

 それほど父は子煩悩な人で私とロベリアを溺愛していた。



 話に出てきたメデチ夫人は服飾店のオーナーであり帝国きってのこの時代の人気デザイナーだ。

 予約は常に埋まっていて、いかに貴族といえど彼女のデザインしたドレスや小物を身につけるのは非常に自慢の出来ることだった。

 そういえばこの頃、メデチ夫人はよく家にやって来ていた気がする。

 ロベリンは仮にも公爵家であるわけで、予約の難しい人気デザイナーもすぐに呼べるわけか。



 こう父に甘やかされると……公爵令嬢も悪くないよなって気持ちになってしまう。



 いやまあ先代皇帝……現皇太子と婚約さえせずに済むなら、このまま令嬢ライフを楽しむのもありなんじゃ……?

 なんて浮かんでしまった甘い考えをすぐさま打ち消す。

 令嬢として生きるということは、地位と名誉という鎖で繋がれることだ。

 例え皇太子との婚約を回避しても政略結婚に貴族であることの義務が生じる。

 そうすると今後の目標である自由に生きるというのは叶わなくなってしまう。

 それはよくない。とてもよくない。



 朝食を終え、私は早速ダニーロから書庫の鍵を受け取って書庫に向かった。

 ロベリン公爵家の書庫は下手な図書館よりも多種多様にして多くの蔵書を誇る。

 書庫の出入りは公爵の許しがなければ不可能で、一人で考え事をしたいときにはうってつけの場所なのだ。

 ついでに書庫の特性として気になったことをすぐに調べられるのもいい。


 部屋から持ってきたノートへ覚えている限りの『これから起こること』をまとめる。


 日付を確認したかぎりでは今の私は10歳だ。

 つい先日に丁度10度目の誕生日パーティーを迎えたばかりの頃だ。

 この6年後のアカデミー入学の年に当時皇太子だったラウルスと初めて出会う。


 産まれたときからの婚約者であるのにと、この頃の私も思わなくもなかった。

 けれどそれが皇族の伝統なのだと言われてしまえば納得するしかない。


 そうして6年後の帝国建国86年に皇太子のラウルスと出会い、

 建国92年、アカデミーを卒業。

 卒業と共に結婚をして名実ともに皇太子妃となった私は王宮へ移り住み弱冠19才で、その職務を背負った。


 卒業からさらに3年が経った建国95年式典と同時に行われたラウルスの皇帝即位式で、あの、悪しき龍が現れるのだ。

 龍の呪いでラウルスは生きながら狂い、想像を絶するだろう苦しみから暴君へなりかけたこともあった。

 龍を討ち呪いを解くべく教会が異世界より聖女を召喚したけれど聖女の祈りは届くことはなかった。

 聖女が召喚された同年にラウルスは呪いによって死に至る。


 私が処刑されるのは、それからさらに5年後の建国100年祈念式典を控えていた時期で……。



 あぁそっか。ジョゼフィナは、前の私はたったの27才で死んでしまったんだ。

 思い返してみて、なんて理不尽なんだろうと改めて怒りが湧いた。

 ていうかこうなると、龍の呪いとやらだって疑わしい。

 何故龍が即位式に現れたのかとか、ラウルスを蝕んだ呪いだとか、召喚された聖女が日本人であることとか、よくわからないことが多すぎる。





「ふう……切り替えよう」


 深呼吸をして、思考を切り替える。

 今私に必要なのは怒りじゃない。謎解きじゃない。

 未来を変えるための現実的な計画だ。


 ノートにずらりと年表を記して眺めた。


 皇太子妃となり王宮へ入ってしまえば、逃げ出すことも難しい。

 と、なるとアカデミーを卒業してすぐに行方をくらましてしまおうか……?


 もうアカデミーで学べるものは、殆どないしアカデミー入学で行動に移った方がいいだろうか。



「うーん……」



 アカデミーは魔術を体系的に学ぶための魔術科と、次世代の騎士を育てる騎士科の2つのコースに大別されている。

 学問の前ではあらゆる意欲と能力のある者が平等であると謳い、卒業すれば宮廷魔術師や平民でも騎士の位を手にすることも可能なエリート養成機関だ。

 アカデミーの門は魔力を持つ全ての者に開かれるると、表向きはそうなっている。


 魔術の才能が基本的に血統と遺伝で決まってしまうため、平民が入学するには秀でた魔力を必要としない騎士科であることが多くなる。


 この世界で、魔術の才能は完全な血統で決められてしまう。

 そして才ある血統は、貴族王族としてより強い才能と婚姻を繰り返して代を重ねるごとに強化されていく。



 例えば、皇太子ラウルスであれば皇族が生まれつき持つという強力な超攻撃的魔術と、母親であるソユシン皇妃の莫大な魔力量だろう。

 遺伝によって血統は混ざり、より強力なものへ変化することもあれば全く違うものに変化することもある。


 私の場合は、遠い魔法使いの国出身だったお祖母様の覚醒遺伝らしいけど実際のところは不明だ。

 幼い頃に聞かされたお祖母様の魔法の話とも、私の魔術はほんの少し違うような気がしている。




 話を戻す。


 既に受けたことのあるアカデミーでの授業を2度も聞くのは、正直時間の無駄に感じる。



「うん……決行するのは、アカデミー入学の年にしよう」



 アカデミー入学まであと6年。


 その間に出来る限りの準備をしなければならない。

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