前半戦

Phase1 『ファーストブラッドとフレンドリーファイア』

【Roster No.3@ウランバナ島南東部】

 空から美少女が降ってきた。


 ――絶賛デスゲーム開始ナウ、これから殺し合いを始めるわよ。っていう状況でなければどれほどよかったことでしょう。がっかりだよ。降ってきた美少女が敵チームのメンバーなのは確定的に明らか。俺っちのチームに美少女はいません。輸送機から降りている間に不思議なことが起こって性別転換するわけでもなし。そんなわけあるか音頭を踊ってしまいますわ。くぅー。つらい。


「お兄様……?」

「……オニイサマ?」


 美少女のセリフをそっくりそのまま返す。ゴンッ、というかーなーり痛そうな音を伴って、オレが隠れていた小屋のトタン屋根に穴を作った美少女。直撃しなくてよかったぜ。ジャストナウ、美少女は強打したであろう頭の一部分からドクドクと血を流しながら、俺っちをオニイサマ・・・・・と呼んだ。


 人違いでちゅわ。


「こんなところにいらっしゃったのですね!」


 腰まであるブロンドのロングヘアに真っ赤な血がアクセサリーとして添えられた美少女は、俺っちに抱きついてくる。うお、うおお。よくわからないけどこの展開はありよりのあり。服に美少女の血がついてもまあいいや。美少女の血なら許せる。


 お花の香水の匂いに混じって、鉄臭さがあっても、許容範囲。


「お兄様、アリスは寂しくて寂しくて……」


 ずるずる。耳元で鼻水をすする音がする。アリスってのはたーぶーん、この美少女のお名前だろう。不思議の国でデスゲームに巻き込まれちゃったか。巻き込まれたわけあるか。


 このウランバナ島でのデスゲーム、志願者しかいないのよね。


 お兄様を想ってびしょびしょに涙を流すような女の子でも、最後の一チームに残ろうというやる気に満ち満ちて参加したはずなのだ。俺っちの予想だけど、高いところからトタン板に激突した時にアリスちゃんのやる気は明後日の方向にログアウトしちまったんじゃなかろうか。軽い脳震盪かーらーの、記憶が混濁している状態。


「そうかそうか」


 俺っちはお兄様のフリをすることにした。そっと頭を撫でてやると、アリスちゃんは「うぇえーん!」と激しく泣き出す。こんな美少女に頼られるなんて、一生に一度あるかないか。ないほうが確率としては高いぐらいよ。


 これから俺っちはお兄様として、アリスちゃんを背負って戦い、そのハンデをものともせずに獅子奮迅の活躍をするだろう。ふっふっふ。最終的にはお兄様ではないと真実を告げたら、アリスちゃんは目を丸くして、ちょっとだけ考えて、それから「お兄様、ではなく、アリスを守ってくれた騎士さま。わたくしと結婚しましょう!」と言ってくれる。よっしゃ、ハッピーエンドだな。結末までバッチリ見えましたわ。


 そんなにうまくいくかよ。

 脳内で描いた夢絵巻をぐしゃぐしゃにしてポイした。


 抱きついてきているその小さな身体を、床に押し倒して、この両手で首を掴む。身体にまたがってホールドした。外に逃げ出さないようにな。


「お兄様!?」


 俺っちは騙されないから。こうやって油断させておいて、小屋を出たところで味方が待ち構えているんだろう。危ないところだった。ハニートラップの一種よ、これ。


「どうして、お兄様、わたくしは」


 俺っちはあんたのお兄様じゃない。言ってあげたほうがいいのかしらん。


 やめておけと俺っちの第六感が囁くからやめておこう。あのオーディションを通ってきてるんだから、とんでもない馬鹿力を発揮されて逃亡されるかもわからん。この服の下に、筋力を増強するなんらかを装着してるかもだよ。


 というか、俺っちがもしお兄様だったら。俺っちはいい暮らしができたんだろう。あんたは親ガチャ成功例、俺っちは失敗例。金があれば、一族離散さよならバイバイしなくてよかったんだ。いや、金はあったわ。あったけど、ないようなもん。


 服も指輪もピアスも、どっかのブランドもん。アリスちゃんはどこぞの大金持ちの、ガチめに本物のお嬢様なんだろう。いいなあ。こんなの、店頭に並んでいるところしか見たことないよな。こんな、普段から身につけて歩き回れるのは相当やってるよ。


 金でなんとかなるのはちょっと前まで、具体的には輸送機が飛び立つ前までの話。今を見ろ。現在進行形でデスゲームの真っ最中なのでちゅわ。


「お兄様、お兄様、どうして」


 まだお兄様っていう設定でいくのか。

 こんなことしてくるお兄様、ろくなやつじゃなくないか。


「アリスは、どうしてここにいるんだ?」


 十中八九、賞金目当ての参加者ばっかり。アリスちゃんは見たところ、金に困ってはいなさそう。むしろ余らせてそう。お兄様だってそうなんだろう。こんなところにいらっしゃるはずのないお兄様。


 俺っちのチームは、――チームは、別々に降り立った。チームって言い方が間違ってんな。四人でチームを組まないといけないからってんで集まった四人だった。そういうルールだからってんで仕方なく。四人が四人とも、賞金を総取りしたい。一億欲しさに集まったわけで、絆なんてもんはなし。信じているのは人ではなく金。そんなんだから、おんなじところからスタートして仲良しこよし、ができなかった。


「わたくしは、お父様に認められて、お屋敷に戻り、お兄様と再会するために参加したのですわ。でもこうして、お兄様と会えたのだから、……そうですわね」


 金持ちの考えることはわからない。デスゲームで生き残ることと、その、お父様に認められること。これがイコールになってしまう思考回路が、理解できない。そんなに権威ある大会なのかしら。俺っちの知らない金持ちの世界では、命を張った戦いに勝利することが、自らのわがままを押し通す手段として存在する?


「お兄様、エーとビー、そしてシーの三人と合流し、五人のチームとして戦いませんこと?」


 そうはいかんざき。


 認識がおかしくなっているアリスちゃんは、今後も騙し通せるとしてもだ。そのエーだかビーだかシーだかまでもが俺っちを『お兄様』とは呼ばないだろうよ。お兄様と俺っちが生き別れの兄弟レベルで似てるんならまだしも、そのお兄様のご尊顔を俺っちは知らないわけでして。


「お断りでしてよ」


 俺っちは手に届く位置に落ちていたカマを握る。拳銃もあるけど、銃声に寄ってくる参加者がいるだろう。俺っちは詳しいんだ。そんなふうに寄ってきたやつは大抵ろくなやつじゃないよ。ドンパチしないといけなくなっちゃう。


 きっとエーだかビーだかシーだかはアリスを捜している。この辺りに落っこちたのはわかってんだろう。見つかる前にここを離れたい。ほんとのほんとはこの小屋がプレイゾーンの外になっちまうまでひっそりしておきたかったけど、致し方なし。


 <<ジョージ は カマ で アリス を キルしました>>


 首にカマの先端を突き刺して、グニっとした感覚が嫌な感じで、手を離す。――なんだかもったいない気もした。会話しすぎたのかもしれない。



【生存 99(+1)】【チーム 25】

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