【Roster No.16@輸送機内】

 おれが彼女を守る。


「みんなで生き残ろうな!」


 おれの呼びかけに、ミオは控えめに「う、うん」と答えてくれた。残り二人のうちの一人、おれの隣の席のジュン――ミオほどではないけど、整った顔立ちの女の子だ。ミオほどではないけど――は輸送機に乗り込むなり居眠りを決め込んでいたが、おれの声で起こされたらしく、深いため息をつく。


 言いたいことがあれば言えよ。

 チームメイトだろうが。


「ぼくがミオを守るから」


 おいこら。それはおれのセリフだよ。おまえ、さっきから距離感バグってるって。なんで彼氏のおれを差し置いてミオの隣に座ってんの。ミオも「ユウくん……」きゅんです、じゃねえんだわ。後ろでいちゃつくなよな。


「作戦会議をしておこう」


 他のチームもしているみたいだからおれらもやっといたほうがいい。そう思うよな。というわけでおれは開会式の後に一人一台ずつ配られた携帯情報端末を取り出して、地図を表示した。――が、ジュンに「あのさ」と割って入られる。


「マジで殺し合いするわけ?」


 ここにきてどうしたよ。もうじきウランバナ島の上空に着いちゃうらしいぜ。怖気ついたか?


「っていうか、オタクは殺る気あんの?」


 おれを〝オタク〟と呼んできたのにはちょいとピキッときたが、まあいい。さっきつけた名札が目に入らなかったんだろう。


「彼女のためならなんだってするよ」


 その覚悟で来た。


 ぶっちゃけ今までだってなんでも・・・・してきた――ミオの配信に参加して、リスナーとして投げ銭しまくって、彼女を支えてきた。ミオのためなら、どんなに生活費を削っても惜しくはなかった。どんな重労働でも、危険な仕事でも、配信にさえ間に合えば、体力全快だった――のだけど、今回は特別版。彼氏として、おれが彼女を守る。


 配信中のコメントでしかやりとりしていなかったミオから、おれのアカウントにダイレクトにメッセージが送られてきた。今から半年前の話だ。


 最初はニセモノだと疑った。メッセージのやりとりをしているうちに、本当にミオが送ってきてくれたのだと淡い期待を抱く反面、あちらが待ち合わせ場所に指定してきた桜木町駅に着くまで「行ったらやばい奴らが待っていて、けつの穴の毛までむしりとられるんじゃないか」なんて震えていた。


 だから、遠くから様子を窺いながら、注意深く、周囲を探索しつつ、歩いていて、ミオのほうから「ユキナリさんですか?」とあの配信中の声と同じ声で話しかけられた時にゃあ飛び上がったよ。


 それから、おれとミオは遊園地みたいなところに行った。今思い返しても夢だったんじゃないかって思う。そのあとセックスした。勢いで告白したら「いいよ。また連絡するね」と言われる。


 朝起きたらミオがいなくなっていて、やっぱり夢だったんじゃないかと思った。ミオの「いいよ。また連絡するね」の言葉がリフレインする。いいよ、ってオッケーってことだよな。ほおをつねったら痛かったし、財布は空っぽになった。


「オタクさ、勘違いしてね?」


 ジュンの一言で、輸送機の中にいる現実に引き戻される。なんだよバカ。もうちょい思い出に浸らせてくれよ。


 ――ええと、ミオからの連絡は三ヶ月前。内容を簡潔にまとめると「デスゲームに参加したいから、チームを組んでほしい」というもの。委細を確認せずに引き受けた。ミオのためならと、という言葉をおくびにも出さずにオーディションを乗り切って、参加資格を得る。


 連絡が来るまでの間、ミオはこれまでのように配信していた。おれも一人のリスナーとして参加している。これまでと違うのは、優越感。ミオはおれの彼女。おまえたちはおれの彼女の配信を見て、おれの彼女に金を貢いでいる。そう思うと、他のリスナーたちが滑稽に見えてきて、言いふらしたくて仕方なくなった。


 だが、おれが彼氏と公表したところで、ミオにはデメリットしかない。誰が彼氏のいる配信者に金を贈るかって話だよ。おれなら嫌だ。なんで赤の他人の幸福のために身を削らないといけないんだよな。自分らでなんとかしろよ。


 おれはミオのためを思って、黙っていた。


「あいつがミオのマネージャーだってのは、知ってる?」


 すぐ後ろに本人がいるのに、ジュンはユウくんとやらのことを『あいつ』と言った。知らない。マネジメント関係は同居の姉がやっていることになっているはず。


「お前、あの女に騙されてるんだよ」


 カチンときた。

 好きに言わせたらおれがミオに騙されていると? おっしゃる?


「おれはミオの彼氏だぞ!」


 言ってやった。輸送機内でまた――さっき、後ろのほうの席のガキが「全員ぶっ殺す」とほざいたときのように――騒々しさがなくなる。


「ばっかじゃん。超ばか野郎じゃん」


 ジュンがぶははと笑い出して、また輸送機内は元通り、賑やかになった。おれの心中は穏やかではない。何がバカだよバカ。バカバカ言うなよ。


「あー、おもろ」


 おれは面白くない。腹をかかえて座席でさんざん笑ったその後で、ジュンは「どう思うよ、我が妹・・・。数合わせのオタクくんに対して、なんかないわけ?」と急に声のトーンを下げた。


 妹?


「別に」


 初めて聞くタイプの声でミオは応じる。そんな声も出せるんだ。すんごい冷たい。例えるなら、悪役みたいな。勝ち残ったら声優のお仕事もできるかも。


「わたしのために、戦ってねっ」


 咳払いしてから、いつもの声でおれに語りかけてきてくれた。

 言われなくとも、ミオのためなら。



【生存 100 (+1)】【チーム 25】

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