「アン・ドゥ・トロワで蹴り飛ばせ」

 これは偽アカシックレコードが成立する前のリテイクできなかった頃の物語あのころのリマインダー


***


 前回までのあらすじっ!

 保育園に立てこもる水の呼吸の使い手を撃破した期待の新人・秋月千夏あきづきちなつと【硬化】の能力者な剛力宝ごうりきたから

(え、知らない? しょうがないなあ……この時の話はまた今度するの)

 ふたりの次なる相手は!


 と、その前に祝勝会をするの!

 お好み焼き屋さんで!


「君の瞳にカンパーイ!」


 運ばれてきたビールジョッキを片手に、向かいに座ったたーちゃん(剛力宝の愛称でたーちゃんって呼んでるの)と乾杯しようとすると、たーちゃんはわたしから視線を外しつつ「かんぱい」と応じてくれた。なんか間違ってたの?


「ちゃんと成人してるから大丈夫なの! ほら!」


 わたしはカバンから運転免許証を取り出す。見た目だけなら女子高生と間違えられることもあるから、免許証はいつも持ち歩いているの。生年月日をよく見てほしいの。1986年8月24日生まれ。呑んでも全然オッケー!


「いえ、そうではなくて」


 たーちゃんってばわたしより年上で奥さんと娘さんまでいるのにコーラなんて飲んじゃって。最初の一杯ぐらいお酒を頼むべきなの。店員さんもわたしの前にコーラ置いて、たーちゃんの前にビール置いてたじゃん。仏頂面ですっと入れ替えるたーちゃんが面白すぎた。


「もしかして怒ってるの?」

「……いいえ?」

「今の間は怪しいの」

「怒っているといえば、まあ、思い出したらイライラしてきましたね」

「些細なミスにそこまで怒らなくてもいいと思うの」


 わたしよりたーちゃんのほうがビール飲みそうだし。いうてもたーちゃんも実年齢より若く見えるし。ってフォローしようとしたらたーちゃんがわたしのビールを奪い取って一気に飲み干した。一口しか飲んでないの!


「あ!」

 空っぽになったジョッキをテーブルにドンっと置いて「ぶっちゃけ怒ってはいませんでしたが、今のでカチンときました」と言ってくる。わたし、なんかやっちゃったの?


「俺は、この能力を治すために組織へ協力しているんですよ」

「それは作倉さんから聞いたの」


 たーちゃんの能力は【硬化】――触れたものをダイヤモンドに変えてしまう。日常生活を送っていくのにこの上なく不便な能力なの。クリスさんが内部で反発しあってなんとかしてくれる手袋マジックアイテムを創ってくれたから、今はそれを装着している。そのおかげで普段はなんとかなっているけど、それはそうとしてうっかりダイヤモンドにしてしまった奥さんと娘さんを元の姿に戻したいワケで。


「作倉さんは秋月さんと俺とでコンビを組んでほしいらしいんですが、俺は嫌ですよ。これがお別れ会です」

「そんなー!」

「俺には警察としての仕事もあるんです」

「そこをなんとかー!」

「組むとしても秋月さんとは嫌です」

「どーしてー!」


 周りの席のお客さんや店員さんがチラチラとこっちを見ている。どういう関係性だと思われているんだろう。――どういう関係性だろう?


「わたしは、たーちゃんとならコンビとしてうまくやっていけそうなの!」


 となら、っていうか、これまでの研修期間中に一緒になった人たちからは「ノリが合わない」とか「ついていけない」とかさんざんなコトを言われてきたし。やりづらさはあったし。息が合わないっていうか、いっせーのせのせがズレるっていうか。


「騙されたと思ってこれからもよろしくやってほしいの。わたしは美少女だから、一人だと危なっかしいし」


 多分、作倉さんもわたしだけのソロでの仕事は振ってこないだろう。わたしがいくら期待の新人でエースだったとしても、超強い【相殺】っていう能力だとしても。対能力者相手になら相手の能力をコピーできて超便利だとしても。相手の懐まで近寄らないとコピーできないわけで、そのためには戦闘技能が高くて頼りになるいい感じの相方が必要ってワケ。つまり警察官だから基本的な身体能力が高くて世話焼きで面倒見のいいおにーちゃん気質なたーちゃんは適任なの。


「秋月さんは、どうして組織で働きたいんですか?」

「面接みたいな質問なの」

「どこの大学の出身でしたっけ?」


 本当に面接みたいな質問してくるなあ。わたしは胸を張って「神佑大学なの」と答える。

「それなら別に一般企業でも働けませんか?」

 確かにそう。それはそう。なんならわたしのお友たちは普通に普通のオフィスレディとして働いている。大学院に行った人もいるの。

「卒論で能力者保護法について研究してて、作倉さんとお話ししているうちにスカウトされたの。将来有望株なの」

「なるほど?」

「期待されているの」

 フッフーン。筆記試験や面接をくぐり抜けてきた同期の方々とはワケが違うの。別格なの。


「なら、特にここでやりたいことってないんですか?」

 最初の質問に戻ってきた。考えてみれば、たーちゃんみたいに明確な目的はない。ただ、作倉さんに誘われて就活しなくていいからラッキーってぐらいだった。他のみんなみたいに、面接でそれっぽい理由をでっちあげてもいない。というか、でっちあげたところで作倉さんには見破られると思うの。作倉さんには過去が視えちゃうから。

「わたしは限りなく最強に近い能力者だから、より最強っぽくなるコトかな」

 パッと思いついたのがそれだったケド、たーちゃんからは呆れまじりで「はあ」と言われてしまう。まあ、能力を治したい人には響かない理由だから仕方ないの。


「人間の限界っていう壁を蹴り飛ばした先に、わたしが目指している場所がある気がするの」

「ふーん?」

「その頃には能力の治療法も確立されているの」

「そうだといいですね」

「たーちゃんも一人だと心細いだろうし、これからもよろしくなの」

「結局そうなるんですね」


 作倉さんにも考えがあってわたしとたーちゃんとを引き合わせたんだろうし。目標のあるたーちゃんとなら、そのうちわたしにもそれっぽい到達地点が見えるはずだし。


「わかりましたよ。ひとつ約束してください」

 お。観念してくれた。黒紅色の髪をかきむしっている。ありがとうなの。

「ひとつでいいの?」

「そう言うなら増やしますよ」

 意地悪なたーちゃんの手を握って「いくらでも守るの。たーちゃんがそばにいてくれるなら」と返す。手袋をしているから【硬化】は通らないし。わたしには【相殺】があるからダイヤモンドになっちゃうコトもないし。


「……ずるじゃん」

「?」

「いえ、気にしないでください」


 手を引っ込められちゃった。逃げるようにコーラを飲み始める。


「その約束って何なの?」

「あ、ああ、そうですね、えーっと、できれば妻と娘の話は言いふらさないでほしいなと」


 言いふらすような相手もいないから、わたしは「りょーかい!」と答えた。むしろそれは作倉さんに言ったほうがいいと思うの。

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