短編置き場・不死の呪いと魔法使い

こむらさき

本編番外編

1:新しく来た箱/ジュジが来た当初のカティーア

「あの……おはようございます」


 控えめに部屋の扉をノックする音と共に、聞き慣れない声が耳に入る。

 カーテンを開けてみると、太陽はまだ登ったばかりのようで庭の向こうに見える森の木々よりも少し高いところに顔を出していた。


(昨日連れてきたアルカの女の子よ)


「ああ……そういやぁ、そうだった」


 セルセラが耳打ちをして来てやっと思い出す。

 イガーサに少し似たアルカの娘。成人16歳を向かえたばかりの……すぐに俺に使われるだろう哀れな女。

 仕事用では無く、部屋着として誂えた薄手のローブをたぐり寄せて身に纏う。


(もう……! 私の声は聞こえないみたいだから、早く行ってあげて)


 今回のアルカをセルセラはやけに気に入ってるみたいだった。


「わかったよ」


 ベッドから抜け出して、床に散らばった魔道書を足で退けながら扉を開いた。

 琥珀色の大きな瞳が俺を捉えて丸くなり、それから息を飲む音が聞こえてくる。

 俺よりも少し背の低い彼女は、イガーサによく似た色をした黒髪を高い位置で一つに括っている。

 そんなところまで似なくとも良いのにな……と内心思いながら、俺は彼女に声をかけた。


「大地と太陽に愛された色をした肌の君、昨日はよく眠れたかい?」


「は、はい……その」


 このアルカは、確か俺の信仰者ファンだったよな。

 サービスをしておいてやろうと甘い言葉をかけてやると、わかりやすいくらい頬を上気させて、視線を泳がせる。

 思わず笑ってしまいながら用件を聞き出してみると、どうやら何か仕事はないかと聞きに来たらしい。

 確かに弟子という名目でアルカを家に置くことにしているが……魔法を教えるつもりは毛頭無い。というか、そもそもアルカは魔法が使えないように調整もされている。

 どんなに教えたとしても、体内に溜め込んだ膨大な魔力を自力で活かすことは出来ない。


「ああ、そうだな。掃除と……簡単な家事くらいは君に任せようか」


 以前のアルカは酷いものだった。

 少し優しくすればつけあがって勘違いをして、そして怠ける。仕方なく本当のことを教えればこちらを罵倒して、逃げだそうとした。

 なので仕方なく動けなくして、さっさと使ってやったが……。今回のアルカはどうなるかな。

 赤銅色の肌、それに琥珀色の瞳と新月の夜で染めたような細くしなやかな髪は確かにイガーサに似ているが……。

 それだけなら、多分買った娼婦にも、異界から来た女にもいた。

 なのに、なんでこいつを見た時に、おぼろげになっていたイガーサを思い出したんだろう。


「ええと……よければ家の案内をしてくださると助かるのですが」


 アルカの娘に声をかけられて、我に返る。

 笑顔が消えてなかっただろうか? そんな心配をしたが、彼女は俺に怯えた様子も見せない。きっと大丈夫だったのだろう。


(ジュジよ。名前、覚えてないでしょう?)


「ジュジ、じゃあ調理場から案内するからついておいで」


 セルセラがうるさく口を出してくる。これも珍しい。自分が見えるアルカは今までもいたはずだが、ここまで気に入ることなんてなかったはずだ。

 何が今までのアルカと違う?

 魔力量は確かに多いが……特に目立った能力は無さそうだ。


 俺の後ろをちょこちょこと仔犬めいた動きで付いてくるジュジを見て考えるが、全くわからない。

 階段を降りてから、渡り廊下を通って中庭へ出る。


「あそこに井戸があるが……洗濯と湯浴みをしたいときに使うといい」


 井戸を指差してそういうと、ジュジが首を傾げた。

 調理場では別のものを使ってもらうんだが……。まぁ、行けばわかるだろう。

 井戸の前で立ち止まっている彼女に手招きをして調理場へ呼び寄せる。


「わ……広い……」


 調理場の扉を開いて中へ入れてやると、彼女が目を丸くして小さく声を漏らした。

 アルカたちが過ごしている村では、確か共有の調理かまどが水辺近くに設けてあるくらいか……。

 感動しているジュジの肩を叩き、扉の左手にある小さな子供が一人入れるほどの大きさはあるかめを指差した。


「調理場で使う水は、このかめにあるものを使うといい」


「井戸から汲んでここに貯めるということですか?」


「……見せた方が早いか」


 ジュジの視線を背中に感じながら、俺は部屋の奥へ向かう。

 二つ並んだかまどには、ちょうどいいことにしまい忘れていた深鍋が置いてある。取っ手を掴んでかめの近くへ持っていって地面へ置いた。


「すごい」


「魔法使いだから非力だと思ったかい?」


 かめを持ち上げた俺を見て、ジュジが驚いたように呟いた。ハッとしたように目を丸くして、小さな声で「ごめんなさい、そういうわけじゃ……」と眉尻を下げてシュン……とした。


「ククク……怒ってるわけじゃ無いさ」


 からかいがいがあるな……という気持ちになりながら、俺は肩に担いだかめを傾けて、置いた鍋の中へ水をなみなみと注いだ。

 軽くなったかめを底の大きさと同じ円に描いた魔法陣の上へ置く。


「ジュジ、おいで。これを見てごらん」


 ジュジに手招きをして、かめの中を指差すと、彼女は恐る恐る俺が指差した場所を覗き込んだ。

 水の妖精達がふわりと飛んできてかめの中へ入っていくと、あっというまにかめは澄んだ水で満たされていく。


「すごいです!」


 琥珀色の瞳をきらきらとさせながら、ジュジは俺を見た。

 ここまで反応が良いと、こちらまで良い気分になる。どうせ短い命だ。最期の時まで、なるべく優しくしてやろう。

 ……優しくすれば、使う時に恨まれるだろうが、まあ、一瞬のことだ。楽しい時間が多い方がいいだろう。


「掃除にも使っていい。じゃあ、次は浴室へ行こう。箱庭そだった村では、湯浴みはよくしていたかい?」


「週に二度ほど……。水が貴重でしたし、薪も箱庭のみんなが湯浴みをする余裕があるほどの備蓄はなかったもので」


「君がここにいる間は、湯浴みは好きな時にしてくれて良い」


 こんな調子で雑談をしながら家の案内を続けていった。

 水さえ入れれば火の妖精が湯を俺好みの温度にしてくれる魔石を使った浴槽、自動で浄化されるトイレ、魔法薬の材料になる小さな農園の手入れ方法などを教えたが、その度に綺麗な琥珀みたいな目がきらきらと光る。

 イガーサも、戦争中あんな時じゃなければ、こういう顔をしたんだろうか……なんて感傷に浸りながら、俺は彼女に家を案内した。

 最後に「基本的に、俺の部屋には入らないでくれ。危険な物もたくさんある」と告げると、彼女は真剣な表情で頷いて、それからにこりと微笑みを浮かべた。

 ああ、久し振りだな。アルカを使いたくないと思うなんて。

 最近忘れていたが、やはりヒトの形をしているのは面倒だ。次からは加工してからこっちへよこせと伝えてみるか。

 まあ、効果が落ちるからと二百年前も断られたのだが……。言わないよりは言った方がいいだろう。


「さあ、じゃあ食事にしよう。作って貰ってもいいか?」


 鶴革の袋コルボルドから牛の肉と白パンを出して、それぞれ別の作業台へ置くと、ジュジがパンを見て目を丸くした。

 そういえば、箱庭では寒黒麦ライ麦を育てているから、白パンは珍しいんだったか。まあ、少しくらい贅沢させてやろう。

 白パンを手に持って「やわらかい」と呟いている彼女を見ないフリをして、俺は調理場を出た。

 使い方は一通り説明したし、任せても構わないだろう。


 彼女に調理を任せて、俺は渡り廊下を戻って居間に置いてある長椅子へ寝転んだ。

 セルセラが耳元で何かを喚いていたが、眠くて頭に入らない。

 俺は不老不死だ。眠らなくとも平気なときは平気だが、眠気自体はあるし、眠った方が頭も体もすっきりする。

 どういう仕組みなのか自分でもわからないが、いっそのこと眠らなくても平気な体なら楽だったんだろうかと思わなくも無い。


「カティーア、起きて下さい」


 体をゆすられて、目を開くと眉尻を下げて困ったような表情を浮かべたジュジの顔が目に入った。

 それから、自分の手を見る。

 彼女の頬にそっと右手を添えていて、困った表情の理由はこれか……と思わず苦笑いをしてしまう。


「寝ぼけていた。すまない」


 体を起こして謝ると、ジュジはホッと息を吐いてから、立ち上がった。

 早足で歩いて行く彼女の後を追って食卓へ向かう。

 牛の肉を煮込んだシチューが入った木の器と、平皿の上に盛られた白パンが並べられていた。


トレンチャーブレッド皿代わりの硬いパンがなかったので、これをつかってしまったのですが」


「ああ、家では自由に皿を使って貰って構わない。パンも焼こうと思えば毎日焼けるしな」


 わざわざそんなことを申し訳なさそうにするなんて、本当に行儀のいいやつだなと感心する。

 だいたいのアルカは、トレンチャーブレッド皿代わりの硬いパンがないことを喜ぶやつらばかりだったが……。

 まあ、俺のところへ送られてくるアルカは、黒壁の向こうや魔法院へ送られるような頭と素行の良さよりも、魔力量の多さで選ばれる上に剪定で魔物から逃げ延びられるような個体ばかりだ。だから、素行が悪いのも手癖が悪いのも仕方ない部分があるとわかっていたのだが……。素行が良いだけで、ここまで囲うのが楽なのかと少しだけ驚いた。

 まあ、ほとんどのアルカは家に置いておけば勝手に物を食い、勝手に湯浴みをして、放っておいても俺を関わろうとしない手がかからないやつばかりだったからそれはそれで楽だったのだが。


「お口に合いませんか?」


「いや、美味しくて驚いていたところだ」


「よかった」


 嘘ではない。が、にこりと柔らかく微笑んで、小さな口に木のスプーンを運ぶジュジを見て少しだけ胸が痛む。

 何万、何億……数え切れないほどのアルカを使っておいて、今さら何を善人ぶっているんだと、頭の片隅で声がする。

 わかってる。イガーサを思い出して、少し動揺バグってるだけだ。ジュジを使う頃になれば、俺の心も普段通り、ヒトを自分の為に殺しても平気な化け物に戻ってるはずだ。

 だから、少しだけ、こいつが俺の正体に気が付くまでは……優しい師弟ごっこをしてもいいんじゃないか。


 仔犬のような丸みを帯びた瞳でこちらを見て微笑んでいる少女を見て、俺は柄にも無くそんなことを思った。

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