第18話 自立

 ダメだ。母のペースに飲み込まれては。私はずっと、母の監視の元にいた。膝の上で絵をかきながら。息苦しくて京都に飛び出し、失敗しながらも自分で決断してこのお店を続けてきた。

 しろくんに手伝ってもらい、祖母のお店のままじゃなく私らしいお店になったと自負している。


 その大切なお店を、簡単にネットでもできるなんていわないでほしい。


「お母さんが心配していた売り上げも伸びて、利益もちゃんと出てる。最初の頃と比べものにならない。もう趣味でお店しているなんて、いわせないから」


 私の強い口調に、母の表情はゆるがない。ゆるがないどころか、口の端がクッとあがった。


「利益がでるのは、あたりまえよ。ここのお店にテナント代ある? ないでしょ。店舗経営で一番の支出はテナント代よ。それに、糸の仕入れは土田商店。ほぼ原価でいれてるのよ。それで利益が出たって、いばられてもね」


 勝ち誇ったような母の顔を、にらみつけた。ここで引き下がっていたら今までの私とかわらない。もう母の顔色をうかがっていた私じゃない。


「それでも、お母さんの手を借りてない。私はいつまでもお母さんのそばにいるのは、嫌なの。お母さんが用意してくれた平坦な道をいくのは、嫌なの。ちゃんと自立したい」


 という言葉に、母の顔はゆらいだ。


「いやね、麻琴。お母さん、あなたをしばりつけて自立させたくないわけじゃないのよ。ちゃんと、麻琴を大人の女性と思っているわ。いつまでも、子供あつかいしない。でも、心配なのよ。お母さんの知らないところで麻琴が泣いてるんじゃないか。困っているんじゃないかって」


「それは紘子ちゃんが、子供から自立できてないんとちゃうか」


 閉まっていたはずの格子戸はいつの間にか開いていて、そこにうつくしい銀髪の女性が立っていた。その女性は、白内障でレース編みができないといっていた藤原さんだった。藤原さんは、ゆっくり土間を進みまっすぐ澄んだ目で母を見あげた。


「久しぶりやなあ。紘子ちゃん。何年ぶりや」


 藤原さんの言葉に、母は『お久しぶりです』といって軽く頭をさげた。


「あんたも、いろいろつらかったなあ。松さんからレース編みしながら聞いてたわ。でも、もうしまいにせえへんか。まこちゃんは、亡くした子とはちがうで。こんな素敵なお嬢さんに育ったんは、紘子ちゃんのおかげやけどな。子供なんて育てた親ほったらかしにして、飛んでいくもんや。さみしいけど、それが親の役割やし」


 藤原さんは、このお店の昔からの常連客。母の事情も知っていたのか。

 横目で母をうかがうと逆上するどころか、藤原さんをすがるような目をして見ている。


「そやかて心配なんです。また私が目を離したすきに、麻琴に大変なことが起こって、間に合わへんなんてことになったら。もう、あんな思いは二度とごめんや」


「それでも、こらえてや。この店なくなったら困る人ぎょおさんいてるんや」


 その言葉で私は思い出す。藤原さんは、もうレース編みができないといっていたのに。今日の来店理由はなんだろう。


「藤原さん、アンティークを見に来られたんですか? すいません。親子ゲンカをおみせして。どうぞ、あがってください」


「いや、アンティークちがうんよ。うちなあ、怖かったんやけど目えの手術したんえ。こんなおばあさんでも、新しいこと始めよ思て。内藤さんにタティングレース習うねん。それで新しい染め糸買いに来たん」


 藤原さんは靴をぬぎ、染め糸の部屋にあがってきた。


「この店なくなってしもたら、ネットで糸なんてよう買わんわ。それに、西村さんかて内職なくなるし。そや、こないだあやちゃんにスーパーでうたけど、なんやはりきってたで、お菓子ここで売るんやて」


 そうだ。このリンカネーションという場がなくなったら、お客さん以外にも迷惑をかける人がいる。


「お母さん、物を売るだけならネットでもできる。でも、ここはもう物を売るだけの場所じゃないの。ここから内職っていう仕事が生まれてる。あやちゃんにとっては、子育て中でもお菓子を売る場。もう私だけのお店じゃない」


 藤原さんは、目元によりしわを刻み私を見た。


「そやな、ここは昔みたいに近所のもんが集まる場でもあるな。こないだ平女の子がお店から出てくるの見たわ。なんもうてへんでも、うれしそうな顔してたえ」


 そうだ、ここに来たお客さんにはワクワクしてほしい。この染め糸とアンティークの店内の雰囲気を、体感してほしい。ほしいものがなくても、楽しい気持ちになって帰ってほしい。いつでもかわいいものが見たくなったら、ふらりと立ち寄れるお店。それは、ネットショップにはできないこと。


「京都にいても、私がお母さんの娘であることは変わらない。だから私をここにいる」


 きっぱりといいきり、母の目をまっすぐにみつめた。動揺して左右にゆれる母の瞳を見て思う。こんなにはっきりものをいったのは、はじめてだ。

 いままでは、母にうかがいをたてていただけ。それじゃあ、母も心配だっただろう。母だけが依存してたんじゃない。私も母に依存していたんだ。


 これからは、自分の足でちゃんと歩いていく。





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