第10話 おともだち

 さらさ西陣は、1999年まで銭湯として使われていた築90年の建物をリノベーションしたカフェ。

 さきほどの船岡温泉と同じ大家さんなので、建物も内装もとてもよく似ている。


 店内は日曜日なのでにぎわっていたが、席はあいていた。いま立っているところは元浴場の部分。この床下には浴槽が今でもそのまま残されているそうだ。


 あいるさんは、席についてもキョロキョロと物珍しそうにあたりを見まわし、テンションがあがっているのがはたから見てもわかる。

 自家製ケーキとコーヒーを注文すると、あいるさんはウキウキと話し出した。


「すごい、ほんまおもしろい。このカフェ」


 よかった。ちょっとは夢のことを忘れて、気分転換になっただろうか。


「私も友達につれてこられた時は、びっくりしました」


 あいるさんは、いたずらっぽく眉をあげる。


「友だちなんて嘘や、彼氏でしょ」


 いきなり直球ストレートをなげられ、私はあわあわと両手を振って否定する。


「ち、ちがいます。本当に女の子の友だちで。私、彼氏なんていたことないです」


 あっ、私のバカ。正直にそこまでいう必要ないのに……。


「えっ、かわいいのに。またなんで。……わかった、初恋こじらせてるとか」


 的を得た球が心臓をグリグリとえぐる。息も絶え絶えにおたおたする私を、あいるさんはニヤニヤと見ていた。


「そっかそっか、店主さん、そうとうこじらせてそー。あっそうや、まだ名前きいてなかった」


 はたから見ただけで、こじらせてるってわかるの? 不幸オーラでも出ているんだろうか。そんなオーラ振りまいてたら、お店もはやらない。

 それは困ると思ったけれど、なんとか名前をなのる。するとあいるさんは、ヒマワリが咲いたように明るく笑った。


 この人は本来こういう溌剌とした人なんだろう。それが変な夢のせいで、沈んでた。そんなに、せつない夢だったんだ。


「じゃあ、まこちゃんで。私、すごい人見知りやけど、この人と仲良くなれそうって思たら、とつぜん豹変するねん。ごめんね、びっくりしたやろ」


「は、はあ少し。でも、私も人見知りなんで。豹変はしないですけど」


 コップに注がれたレモン水を、一口ちびりと飲み。あいるさんを見る。


「あの、ミサンガのこと本当にお力になれず、すいません。私、店を継いだばっかりで、知らないことばかりで」


「もうええの。あの夢、前世かなってちょっと思ってた。それで、相手の人も生まれ変わってて、ミサンガしたらこの世で会えるんかなって……。でも、あんな夢みるってことは、ふたりは幸せにならんかったのかもしれん。それを知るのは、ちょっとこわい」


 生まれ変わっても、未練が残ってる? たしかにそんな夢はつらすぎる。


「美しい夢は、夢のままで。現実に無理やり引き寄せることないて、思ったわけ。せっかく新しい生活スタートしたんやし。後ろ向きなことより今を楽しんだ方がええでしょ。もう私、二十八。そろそろ結婚相手もみつけたい」


「えっ、二十八歳?」


 ポロリと口からでた言葉を、全力で否定する。


「いや、あの、あいるさんすごく若く見えるし。私と同い年かなと思ってて」


「えーほんまにー。年いってるとか思ったんちゃう。そしたら、まこちゃんはいくつ?」


「六月で二十四歳です」


「えっ、じゃあ。その初恋の彼っていくつの時から?」


 タイミングよく、オーダーしたケーキがやってきたのだけれど。あいるさんの追及はゆるむことはなく、私は純にいちゃんとのことを洗いざらいしゃべるはめとなったのだった。


「まこちゃん健気すぎて、泣けてくるわ。そんな昔からずっと好きやなんて。でも、親戚っていうのがネックやな。当人同士の間で終わらんし」


 レジでお会計をすましてる間も、あいるさんの口はとまらない。もう、勘弁してほしい。私は顔を赤らめ、笑顔の店員さんの視線が気になり、うつむいた。


 でも、誰にもいえなかった気持ちを聞いてもらい、すこしだけすっきりしたのはたしか。


 あいるさんとお友だちになれたから、これからいろいろお話聞いてもらおうかな。ふとレジ横を見ると、とても絵になるノスタルジーな風景のポスターがはってあった。

 菜の花が前面にさき、川のむこうにはとても大きな酒蔵とレンガの煙突。

 私はお酒がのめないけれど、あいるさんはいける口だとさっきいっていたのを思い出す。


「ここ、夜もやってるみたいだから、今度は夜にきませんか」


 そういうと、あいるさんも私につられそのポスターへ視線をうつした。

 とたん、あいるさんの手の中にあった財布がすべりおち、大きな音をたてた。

 私はあわてて財布を拾いあげ、あいるさんに手渡したのだが受け取ろうとしない。

 視線はポスターへ釘付けとなり、あいるさんはピクリとも動かなくなった。


「どうかしました?」


 ただならぬ雰囲気に動揺し、私の口調は早くなる。


「ここ、ここや。夢にみた煙突」


 あいるさんの意識を吸い取ってはなさないそのポスターは、伏見の酒造メーカーのものだった。





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