賢者じゃないから

清水裕

第1章 ただのしみんの物語

ただのしみんの高校入学

0-0.プロローグ

 キラキラとした色んなお店の灯りが街を照らして、たくさんの大きなビルが並んでいて、日付が変わるというのにまだまだ眠りたくないとでもいうように楽しそうに笑って街を歩く人たちの姿を見ることができる都会も好き。

 だけど、古めかしいアーケードの中に密集するようにして建てられたお家と一緒になっているお店がある田舎の商店街はもっと好き。

 夜の8時にはもうほとんどのお店が閉まっていて、点々と備え付けられている街灯の灯りしかなくて、その代わりにお家の中から聞こえる家族ですごす楽しい時間が好き。

 たまに、アーケードの隅のほうにあるスナックでお客のおじいさんたちが、店主のおばあさんとお酒を呑んだりカラオケをしたり世間話をしているというのを聞いたことがあるけど、お酒は飲んだことがないから楽しいのかわからない。でも、楽しいのだろう。カラオケは……あまり行ったことがないからもっとわからない。


 まあ、何が言いたいのかというと……わたしはこの田舎の町が好きだ。

 だから……平和を脅かす存在には、容赦はしないということ。



 夜22時、すこし眠たいのをこらえながら、わたしは目的地まで移動する。

 まだ春にはいったばかりだからか、外はさむい。

 厚手のローブをはおっていても、無防備な頬に当たる風は冷たいし、下はパジャマだからローブのすきまから風が入り込んでやっぱりさむい。

 そんなことを思いながら、遠隔からの視界に目を向けると……目的地であるアーケードの商店街の中にそれらは居る。


「今日は、4匹……。めんどくさい」


 基本的にむらがって行動するそれらを確認しながら、集音すると『ギギィ』というそれらの会話が聞こえてきた。

 正直、何を言っているのかわからない。それとも普通にうなり声?

 そんな鳴き声を上げるのは小学校低学年ぐらいの身長で、緑色の肌をした存在。

 ちゃんとした服なんて来ていない……ボロボロの布や植物を腰に巻いているだけの風呂上がりのパパみたいな恰好。パパにはわるいけど。

 人とは違ったとがった耳に、犬のようなするどくてギザギザの歯。爪もあるていどの長さに伸びていて、相手をきりさくことが出来るような鋭さも持っているように見える。

 そして目は見開いているように見えているし、人間でいう白い部分は黄色くにごってて、瞳孔はその中心に点みたいにあるだけ。

 物を考える理性なんてないのが丸わかり。だけど、そのかわりに欲望がたっぷりあるように思えてしまう。

 ううん、師匠がいうには「そいつらは自分の欲望を満たすことしか考えいない」だそうだ。

 そんな一般人が目撃したら宇宙人とか未確認生物みたいなそれらは商店街のなかをウロウロと歩いていた。

 周りに興味があるのか、ときおりキョロキョロと周囲を見渡し、営業を終えたお店のシャッターを何とか開けようとしているようで爪でガリガリと掻いたり、持っていたボロボロのナイフで攻撃したり、蹴ったりしているのが見える。


「……いそがないと」


 あまりにうるさいと誰かが顔を出して、それらを目撃してしまうかも知れない。

 そうなったらいろいろと面倒なことになる。

 そう思いながら、わたしは移動する速度を速めた。

 わたしが速度を速めた一方で、それらは仲間の1匹がお肉屋さんの鍵がかかったゴミ箱を見つけたみたいで、指をさす。

 多分、ゴミ箱の中には売れ残った惣菜や期限切れのお肉が捨てられているのだと思う。

 そんな臭いが漂っているみたいで、それらは嬉しそうにしながらゴミ箱を開けようとするけれど鍵が開かない。だけど、何度か鍵の部分を持っていたボロボロのナイフで攻撃したおかげか鍵が壊れてしまい、ゴミ箱を開けることが出来たみたいだった。


『ギッ、ギィ!』

『『『ギギィ!!』』』


 それらにとってはお宝の山なのかも知れないようで、群がって捨てられたそれらを食べているのが見えた。……正直、あまり見たいシーンではない。

 そんなシーンを見ていると、お腹いっぱいになったからかそれらは別のものに興味を抱き始めた。


 その頃にはわたしは商店街の入り口に降り立つと、静かにそれらに向けて歩き出した。

 それらは店先のプランターに植えられた花を口に含み美味しくなかったからか地面へと吐き出したり、床板のパネルのつなぎ目にボロボロのナイフを突き刺してパネルを剥がそうとしたり、缶やペットボトル用のゴミ箱を蹴飛ばして中から散らばったゴミを見て楽しそうに投げたり、お薬屋さんの前に置かれたプラスチック製の人形にむりやり乗って壊したりしていた。

 迷惑この上ないような行動だけれど、それらにとっては調査なんだと思う。

 師匠の手紙と何時もの状況を考えるなら、それらも元々いた世界から気づいたらこの世界の、古めかしい商店街の中に立っていたはずだ。

 だからここがいったいドコなのかと調べるために練り歩き、腹が減ったから箱を開けて残飯を食べた。

 そして、人が居たらもんどうむようで襲うだろう。

 だって、それらにとってはその行動が当たり前で、日常なのだろうから……。

 ほら、げんにわたしに気づいたからかそれの1匹がこっちを見てきた。


『ギッ、ギギィ!』

『『ギギッ、ギギギッ!!』』

『ギシャーッ!!』


 わたしを見つけたそれが声を上げると、のこりの3匹も嬉しそうにこちらを見てきた。

 何とも見慣れた光景。

 そいつらは人間と対峙したら、基本的にこんなリアクションを取る。

 つまりは襲う、嘲笑う、何も考えていない。といった感じ。

 たぶん、自分よりも弱そうな獲物を見つけたから……だと思う。しかも、弱そうな獲物がわたしのような女の子だからなおさらだろう。

 そう思っていると、接近するにつれて見えるようになってきたわたしの容姿を見たそれらから……ねっとりと絡みつくような視線が感じられた。

 どういう視線なのかわからないけれど、すごく気持ちが悪い。たまにお店の手伝いでもそんな視線をする人はいるけど、それ以上の気持ち悪さだ。

 向けられる視線にじゃっかん顔をしかめていると、それらは鳴いた。


『『『『ギギッ、ギギギッ! ギギィ!!』』』』


 会話らしきものをして、一斉にわたしに向けて走り出した。

 口元によだれが見えるから、何か変なことを話していたのかも知れないけど……害虫駆除をはじめよう。

 近づいてくるそれらに向けて握っていた杖を構える。


「いっしゅんだけ、燃やして。あとは風で散らそう。――我が魔力を糧に業火よ、薄く広がり燃えよ。風よ、いっしゅんだけ吹き抜けよ。――≪炎柱フレイムピラー≫≪突風ブラスト≫」


 どんなふうに対処するかを決めて、即座に詠唱を行う。

 すると体から魔力が流れる感覚がしたと同時に、わたしに向かってきていたそれらは一斉に飛びかかった。

 正直バカだと思う。普通に様子を見たらいいのに……。そんなことを思いながら飛びかかってくるそれらとわたしの間に超高温の青い炎の柱が広がる。


『『『『グギャ――』』』』


 目の前に現れた炎の柱に気づき、驚きの声を上げたそれらだったが炎の柱を通り過ぎた時には、もうその肉体は一瞬で灰となってパネル床へとパラパラと落ちた。

 元々殺すつもりで行っていたから問題はない。そう思いながら炎の柱が揺らめくように消えると即座にビュウと激しい突風が商店街の中を洗うように吹き抜け、燃え尽きたそれらの灰を商店街の外へと飛ばしていく。

 そうすると商店街は何もなかったように静けさが戻る。……けど、それらが蹴り飛ばしたゴミ箱から空き缶やペットボトルが散らばっているし、せっかく植えられていた花が抜かれている。それにお薬屋さんの前に置かれた動物の人形も壊れたまま。

 綺麗だった商店街のいっかくが酷いことになっている。

 それを見ながら、あきれたように肺に溜まっていた空気をいっきに吐き出す。


「はぁー、……いいかげんに、してほしい」


 吐いた空気を戻すように軽く息を吸ってから、ウンザリとしたように呟きつつ少しだけ乱れた髪を押さえるようにして撫でると、銀色に輝く髪がキラキラと綺麗にゆらめく。

 魔力を解放したときだけに見れる、本物の銀のいとのように綺麗な銀色の髪。

 この髪が輝いているときがわたしの戦うとき。

 そんな風に思っていると体が思い出したように、無意識にあくびをしてしまう。


「ふあぁ、あ……ねむい…………」


 もうすぐ眠ろうと思ってベッドに寝転がっていたのに、あれらが現れたのを察知したからわたしはここにやってきた。

 当然パパとママには内緒だ。


「でも、今日はもうおわったから、はやく帰って眠らないと……明日は入学式だから」


 こういうときは空気を呼んで来ないでほしい。一種の現象に文句を言っても仕方ないと思うけど、文句は言いたくなる。

 わたしはもう一度だけ欠伸をすると、眠い目をローブの袖口で擦りながら杖を横に持ち手から放す。

 すると手から離れた杖は地面に落ちることなく宙へと浮き、ある程度の高さまで降りるとそこへと座る。

 そして、ゆっくりと杖はわたしを乗せて前へと進み始め、段々と上へと上昇する。

 アーケードの出口に向けて上昇しながら前へと進む杖は商店街を出て、またたく間に今よりも高い空へと昇った。

 こんな姿を目撃されたら、魔法使いとか呼ばれたりするだろうか?

 どう呼ばれるか分からないけど、あいにくとわたしはただの中学生だ。……ううん、明日からは高校生。


「入学式の日に寝坊するとか、式の最中に眠るのは恥ずかしいから、はやく寝ないと」


 そう呟きながら、わたしは家へと帰るために急いだ。

 ……あれ? いま、何か商店街の反対側から足音が聞こえた? ……気のせい。


 ●


 朝、パパとママに行ってきますの挨拶をして、わたしは高校の入学式に向けて歩き出す。

 わたしが入学する高校の入学式はすこし特殊で、両親は極力参加はしないようにと言われている。

 その代わりにしっかりと入学式の様子は後日ブルーレイディスクとして贈られてくるためアフターケアもばっちりらしい。

 まあ、パパとママにお店を休んでまで来てとは言いたくないし……。

 そんなことを思いながらアーケードの前を通りすぎようとしたら、アーケードの入り口にパトカーが2台止まってるのが見えた。

 じゅっちゅーはっく、昨日のことだろう。

 そう思いながら聞き耳を立てつつ歩いていると、警察の人に「ぜったいに犯人を捕まえてください!」と憤る人たちの声が聞こえた。薬屋の店主さんは壊れた人形を涙を流しながら抱き抱えているし……。


 ……ごめん、たぶんそれは無理。だって、わたしが消し炭にしてしまったから。


 心の中で謝罪しながら、その場を後にした。

 ちなみにこの道は高校への通学路となっているから、パトカーが止まっているのを何人もの学生が目撃しているし……きっと何人かは話題にするかも知れない。


「……ふぁ」


 そう思いながら、わたしは口元を隠しながら小さく欠伸をした。

 ほんとう、眠らないといいけど……。

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