第7話 少年時代

 話が随分それた。兎に角、宗助は桜刃組の人柄の部分だけはよく話していた。その他に彼が清美に桜刃組への道を向かわせようとした痕跡は多くはない。

 露骨なものとしては、体力をつけさせて刀の使い方や喧嘩のやり方を覚えさせていた。文字にすると異様に思うが、清美も私もじゃれ合いの延長だと認識していた。司央里も宗助の結婚条件のことを知っていたが、微笑ましく二人の特訓を見守っていた。それぐらいくだけたものだった。本気ではなかったと思う。現に、中学まで、清美は人に暴力を振るわなかった。勿論、男子だから同世代とじゃれ合いの取っ組み合いぐらいはしていた。でも、宗助が教えたことを人に対してやったことは無かったようだ。

 あとは、上下関係をはっきりさせていたと思う。意図的にやっていたのはこれくらいじゃないだろうか。

 前述通り、宗助は自分と清美をこの家の居候で一番立場が低いと考えていた。だから小さい時から家のことを手伝わせていたし、清美が家を出るまでそれは続いた。多少家事や家業を手伝うだなんて何処の子どももするだろうから、それは特に不思議には思わなかった。けれど、思い返すと、厳しかった気はする。それから、清美と私の息子の橙司の差は特に重視させていた。橙司は四歳上の清美に懐いていて、小さい頃はよく背中についてまわっていた。だから、清美が友達と遊ぶ時やぽんかんの散歩に行く時にも一緒に行っていたことがあった。ある程度の年齢になると、私達も清美一人に任せていた。だいたいは何も無く帰ってくるのだが、たまに橙司が転んで怪我したり、溝にはまったり、機嫌を崩して泣いて帰ってきたりした。そうすると、宗助は清美を叱った。叩いたこともあった。ただ、そうすると橙司が大泣きするので、清美が宗助に叱り返して喧嘩になっていた。そういったことが繰り返されても清美は萎縮せずに橙司を構ってくれた。宗助としては、本家の人間を敬わそうとしていたんだろうが、清美は面倒を見ろととっていた気がする。

 清美は元々人懐っこい性質だからか、面倒見が良かった。橙司だけでなく、他の子からも頼りにされていた。幼馴染の豊一君と姫子ちゃんが特にそうだった。豊一君は気難しくてなかなか素直になれないタイプだったし、姫子ちゃんは引っ込み思案でふわふわしていた。世話好きな清美がどちらかの手を引いて何かしているのはよく見た光景だった。

 その性質が実の母に向いたこともあった。小学校五年生くらいの時だった。この時期、清美の身長は宗助とほぼ並び、殆ど見分けが付かなかった。よりにもよってその時期に、清美は瀬戸香によく話しかけた。今までも機会があれば話しかけていたが、この時期は積極的に関わろうとしていた。だいたい瀬戸香は億劫そうに会話を打ち切った。清美はそれでもめげずに話しかけていたが、段々としなくなり、中学校に上がる頃には必要最低限しか話さなくなっていた。当時は私も司央里も二人の仲については清美側でしか考えられなかった。だから、たまに瀬戸香を諭した。彼女は返事らしい返事をしなかった。この事が後の崩壊を派手にしたことは今から見れば分かる。しかし、その時はまだ思いつかなかった。いや、それで当然だった。

 想像できる筈がないじゃないか。四年後にそんなことが原因で瀬戸香が清美を傷付けるだなんて。あの夜、私を襲った凶行が清美にも向けられるだなんて。

 それが起こったのは、二十一年二月十六日だった。

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