第10話です 私はコーヒーより紅茶派ですが

 未だに図書室を探せば書き込みのある本が見つかります。

 いったい何百冊、何千冊という本に書き込みをしていたのでしょうか。

 まあ知識は無限であっても、空間は有限ですので、何千冊というのは誇張し過ぎましたが。 


 命ある者いつかは死にますが、こうして意思だけは残り続けるのですね。

 なんて、しみじみ思います。


「そういえば、もう諦めたの?」


 夕方、授業終わり、ふーちゃんと私は学校近くの喫茶店に寄り道していました。

 レトロチックな雰囲気のいい喫茶店で、床はダークオークの板敷き。


 フラスコのような容器に火を当てて、ゆっくりとコーヒーを抽出している音が心地よくて、耳をそばだてます。


 あのようなコーヒーの作り方をサイフォン式、と言うそうです。

 いいですね。

 ですが私はバリスタではないので、サイフォン式で淹れたコーヒーの味を訊ねられても「美味しいです」としか答えられないでしょう。


 本当に美味しのですから、間違った回答ではありませんが。

 グルメ漫画やグルメリポーターじゃないので、文句は言われないと思いますが、何か気の利いた受け答えをしてみたいものです。


 店内は仄かに薄暗くて、天井ではファンが回っています。

 レトロなレコードプレーヤーからは、耳を澄まさなければ聴こえないほどの小さな音でクラシック音楽が流れている。


 この喫茶店だけ違う時間が流れているみたいです。

 マスターも渋いおじ様。

 薄暗い暖色の店内は高級感あふれていて、高校生が足を踏み入れてはいけない雰囲気をプンプン発していますが、メニューの値段はリーズナブル。

 

 言うことないです。

 なのに、同年代の子たちは利用しません。

 大手チェーン店にまっしぐらだからです。


 そのおかげで、まったりとしていられるのでいいのですが、もっと色々な人に、このお店を知ってもらいたいとも思ってしまいます。

 独り占めしたい、でも多くの人に知ってもらいたい矛盾した感情です。

 

「諦めたって、何をです?」


 私はコーヒーではなく、紅茶ストレートを飲みながら訊き返しました。

 そのとき、喫茶店の扉が開きブリキのベルの鈍いコロンコロンという音が鳴りました。

 

 タップダンス専用の靴で床をコツコツ鳴らしているかのようなリズミカルな音を鳴らしながら、お客さんはカウンター席に座ったようです。

 品のいい白いブラウスを着ていて、ベージュの動きやすそうなスエットパンツをはいている女性でした。 

 

「書き込みしている犯人捜し。確か、一年生のころ言ってなかった?」


「ああ、もういいのです」


「本当にそれでいいん……」


「出会うことができないとわかりましたから。出会うことができずとも、文章と言う形でいつでも出会うことができますから」

 

 私は濃くなった紅茶をカップに注ぎ、ミルクと砂糖を入れて混ぜました。

 琥珀色の中を白いミルクが渦を巻きながら溶け込んで、クリーミーな色に変化します。

 

「出会うことができないって、そんなことないんちゃうの。捜し続ければ出会えるかもしれんやん」


 私は甘いミルクティーを一口すすって、静かに答えます。


「それは不可能なのですよ。この世界にいるのなら、宇宙の彼方にいようとも出会える可能性はゼロではありませんが、もうこの世にいない人に会うことは不可能です」


「……それって、つまり」


「そうです。もう、亡くなられているのですよ。書き込みをした人は」


「そうやったん!」


 私が人差し指を唇に当てると、ふーちゃんは両手で口を塞ぎました。

 マスターは気にも留めず、他のお客様相手と話をしています。

 渋い。


「そうやったん……。何で教えてくれんかったん」


「ごめんなさい。私の思考の整理ができていなかったのと、言い出す機会がつかめなくて。あと、話ずらい話ですし。少し時間をいただけるなら、今からお話しますけど」


 未だに新鮮な悲しみ共に、一年前の記憶が蘇ってきました。

 気持ちを落ち着け、声が上ずらないように気を付けながら、私は話し始めるのです。

 

「書き込みされた本は稀に、文字が乱れていたものもありました。そんなある日、書き込み主の心情が綴られた、ある一冊の本に私は出合ったのです――」

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