第3話 いきなりダンジョン


 アオイを家に招き入れたその日の夕刻。


「主様ぁ。怖いですぅ。」


 今ワシはアオイと共に人族の国『ヨルハネル連邦国』の最北端に位置する『恐影の洞窟』と呼ばれるダンジョンの手前まで来ている。

 勿論移動はスキル『空間移動』を使ってじゃ。

 しかしあれだけ散々冒険を求めるなと言っておきながら、何故アオイをダンジョンに連れてきたのか。

 それはどうしても、仕方の無い理由があったのじゃ。


 ・・・


 昼頃


「ハァ🖤やっとさっぱりできましたぁ🖤主様ぁ、ありがとうございますぅ🖤」 

 湯編みから戻ってきたアオイ。顔は紅潮しており、余程長く湯船に浸かっていたことが伺える。

「随分長かったのう。」

「はいぃ。だってぇ、いつ主様にこの身体を求められるかわからないじゃないですかぁ。だからぁ、隅々まで念入りに洗いましたぁ🖤」

「じゃから、そんなことせんわ!」

「そんなことってどんなことですかぁ。」

「ムググ・・・そ、それはな・・・いや、そんなことよりも早く服を着んか!何で裸なんじゃ!」

 アオイは生まれたままの姿でワシの前に仁王立ちしている。

 どうやらこやつには羞恥心というものが欠落しているらしい。

「いいじゃないですかぁ。ここに居るのは貴女と私二人だけなんですしぃ。それに・・・汚れてる服を・・・特に何日も着けていた同じ下着を折角キレイになった身体につけるのはちょっと・・・」

 ああ、そういうことか。

 うむ、それならば・・・

「ついてこい。そなたに服を授けよう。」

 ワシはアオイを連れて2階にある衣装部屋へといく。

「ここじゃ。さぁ中に入れ。」

 ワシの開けた扉から室内に入ったアオイは直後に感嘆の声を漏らす。

「ふわわわぁ・・・凄いですぅ。」

 普段着からドレスまで揃っている衣装の数々。それが部屋の隅から隅まで置いてあるのじゃ。

「この中から好きな服を選ぶとよい。しかし下着は流石に着回ししとうないからのぉ。ワシが今からスキルで作ってやる。」

「いやぁ、下着も主様のものでいいですよぉ。」

「ワシが嫌なのじゃ!」

 間髪入れずにスキル『衣類作成』を発動させた。

 これはワシの頭の中で思い描いたイメージを衣類として具現化出来るというものじゃ。

「ほれ、出来たぞ。とっとと着るのじゃ。」

 あっという間に完成した下着をアオイに渡す。

 しかしいい顔をしないアオイ。

「あまり文句は言いたくないんですがぁ。これぇズロースっていうんですよねぇ。色は清潔感のある白で良いと思うんですがぁ・・・デザインがその・・・可愛くないですぅ。」

 何とわがままな。

 施されるだけでもありがたいと思わんか!

 ・・・しかしまあ、こやつも女子おなごじゃ。

 自分の理想に合った下着を着けたいのじゃろうな。

 仕方無くワシは異空間収納から数枚の紙とペンを取り出しアオイに渡した。

「ならここにそなたの欲しい下着の絵を描いてみよ。それを作ってやる。」

 渡された紙にサラサラと絵を描いていくアオイ。

「はいぃ。これでお願いしますぅ。」

 その絵を見てみると・・・

「何じゃこれは!」

 それは下着と呼ぶのも憚れるような、とても奇妙で奇抜なものじゃった。

 殆ど肝心なところが隠せていない。こんなもの、あのオデッセアでさえ着ないんじゃなかろうか。

「それはぁ主様のお隣で寝るためのものですぅ🖤普段着用のは今から描きますねぇ。」

 戯言を述べた後、アオイは別の紙に別のデザインの絵を描いていく。

「これもお願いしますぅ。」

 見てみると、今度はまあまあちゃんとした下着の絵じゃった。

 それでも生地が少ないような感じじゃが、これがアオイの世界では普通なのかもしれん。

「・・・わかった。ではこちらの下着だけ数着分作ろう。」

「えええ~!」

「えええ~じゃないわい!つべこべ言わずとっととこれを身に付けんか!」

 言いながらワシは一瞬で後者の方の下着を作成し、アオイに渡した。

 っというか、いつまで一糸纏わぬ姿でいるつもりじゃこやつは。

「うはぁ🖤これいいですねぇ。メチャクチャ良い生地使ってるじゃないですかぁ。これをスキル一つで作っちゃうなんて、流石主様ですぅ。」

「ふんっ!ワシ位の魔力量があれば当然じゃ。」

 胸を張り、得意気な顔をするワシ。

 しかし何やらアオイからは不穏な空気が流れてくる。

「あぁ~・・・やっぱりそうですかぁ。そうですよねぇ。ふ~ん、そうですかぁ。」

 何かを一人で納得しているアオイ。

 ・・・うむ、気になるのう。

「何じゃ。何か困ったことでもあるのか?」

 そう言うワシに、何かをいい淀むアオイ。じゃが、黙っていてもしょうがないと思ったのか、その重い口を開いた。

「実はですねぇ。私のスキル食料フードなんですけどぉ。間違いなく何でも料理を取り寄せることは出来るんですがぁ・・・どうやら私の魔力量が少ないせいでぇ、取り寄せられない食材が結構多くあるみたいなんですよぉ。」


 !!?


「なん・・・じゃと・・・それはまことか!」

「はいぃ。一人で森にいるとき色々試しましたがぁ、高級食材どころかお肉もまともに出せませんでしたぁ。」

 アオイの告白に、ワシは愕然とした。

 しかし言われてみればそうじゃ。

 スキルである以上、大なり小なり魔力を使う。従って魔力量が少いアオイではそのスキル本来の力を発揮できないのは当然のことだったのじゃ。

 ・・・むぅぅ。仕方無い。

を着ておけ。昼食をとったら直ぐに出掛けるぞ。」



 そして現在。



「主様ぁ、冒険を求めるなって言ってたじゃないですかぁ。いきなり条件違反なことをしてますよぉ。」

「わかっておる。じゃからこれは冒険ではない。必要労働じゃ。」

「ええー。物は言い様ですぅ。」

 泣きながら抗議をするアオイじゃが、わかってほしいのう。

「そなただって肉を食べたかろう。ワシだってそうじゃ。これは二人の為にも絶対にしなくてはいけないことなのじゃ。」

「・・・わかりましたぁ。結婚して初めての共同作業ってことですねぇ。」

「全っ全違うわ!」

 またしても戯言を言ってくれるのう。魔女の契約は結婚では無いと言っておるじゃろう。

 ・・・言ってなかったか? 

「うぅ・・・でもぉ、そうでも思わないとやってられないですぅ。」

 そう言うとアオイは涙目で俯いてしまった。

 フゥ・・・

「ならもうそれでいいわい・・・まぁ兎に角じゃ。ダンジョンに入る前に装備の確認をするぞ。防具はそれでいいとして・・・」

「これが防具なんですかぁ!?だってこれぇ、私が元々着ていた高校の制服ですよぉ。主様の魔法で汚れは落としてもらいましたがぁ、出来ればもっとこの世界ならではの装備がいいですぅ。」

 未だ涙目のアオイが抗議してくる。この世界の装備といってものう。

 超高級な素材を使った伝説級の鎧よりも、アオイにとってはこの服が一番良い装備なのじゃがなぁ。

「何を言う。これでいいんじゃ。ワシを信じろ。」

 不安そうなアオイの背中に手を置き、優しく擦ってやった。

 アオイの気持ちはよくわかる。こんな薄い布では不安にもなるじゃろう。

 しかしこれが最善なのじゃ。

 鑑定で見た結果、この高校の制服とやらはとんでもない優れものじゃったのだ。

 この服には『装備者と同等の防御力が備わる』という特性が付与されておるのじゃ。

 つまり、アオイのあの防御力がそのままこの服にもついているということになる。

 おそらく、いや、間違いなくオデッセアがアオイの為に付与したものじゃろう。

 あの森で身体はおろか、服にも傷一つ無かったのはこういうことじゃたのだ。

「この服を着ている限り、この世界でそなたに傷を負わすことが出来るのはワシと三大神くらいなものじゃ。」

 これは確かなことじゃ。現にあの森の中で数日間とはいえ生きてこれたのじゃからな。

 因みにあの森で長期生存するのに必要最低限なレベルは1200以上じゃ。

「しかし攻撃力が赤子並のそなたでは、魔物を倒して経験値を得ることが出来ん。従ってこの剣を授けよう。」

 ワシは異空間収納から一振りの細剣を取り出し、アオイに渡した。

「これぇ・・・凄く綺麗な剣ですねぇ。いいんですかぁ、頂いちゃってもぉ。」

「勿論じゃ。これは『破壊神カーリアズ細剣レイピア』といって、実際に破壊神カーリアから貰ったものじゃ。この細剣は特に攻撃力に特化していてな。これ一本で『鋼鉄の魔王』を柔土の様に切り刻むことだって出来るのじゃ。」

「ふへぇ~。何だかとんでもないものなんですねぇ・・・主様ありがとうございますぅ。結婚指輪の代わりとして、一生大切にしますぅ🖤」

 うっとりとした顔で剣の収まっている鞘に頬釣りするアオイ。そしてその様子を見て鳥肌を立てるワシ。


 ゾワワッ!

 

「そういうのではないわ!ほれ!さっさとダンジョンに潜ってこい!」

「へぇ?」

 アオイは目を点にした。

 どうやら理解していないようじゃな。

ダンジョンに入るんじゃ。先程も言った通りこのダンジョンにそなたを傷つけられる魔物など存在せん。安心して行ってこい。」

 このダンジョンの攻略レベルは四人パーティー合計で600以上。

 じゃが例え今のアオイがレベル1だとはいっても、この剣の攻撃力と元々持っている防御力があれば楽に攻略できるじゃろう。

 じゃが・・・

「びえええーん!主様あんまりですぅ!スパルタですぅ!私は傷付く傷付かない以前に怖いんですよぉ!わかってくださぁーいぃ!」

 本気で号泣するアオイ。

 ・・・そういうものかのう。

 しかしなぁ・・・

「本当なら一緒に行ってやりたいところなのじゃがな。ワシが入ると魔物たちはワシに怯えて姿を現さんのじゃ。それではレベル上げが出来んじゃろう。」

「ううぅ・・・でもぉ・・・でもぉ・・・」

 納得できないといった顔じゃな。

 いや、苦しんでいる顔か・・・

 ・・・

 こんな顔させるつもりはなかったのじゃがな。

 ワシは少し焦りすぎていたようじゃ。

「・・・フゥ。わかった。ではワシが行っても逃げ出さん魔物がいる階層まで一気に行くとするかのう。それでいいか?」

 これが妥当な選択なのじゃろう。恐怖でアオイの笑顔を奪うつもりはない。

 このダンジョンではワシが同行出来て、かつ経験値を得られる方法が一つだけある。

 今回はそれで妥協しよう。

「あ、主様ぁ・・・大好きですぅ🖤」

 涙やら鼻水やらヨダレやらを流しながらアオイが抱きついてきた。

 まぁ異世界から来たばかりのこやつに、ワシも無理を言い過ぎたのかもしれんな。

 折角出来た炊事番じゃ。

 もう少し優しくしてやってもよいか。

 しかし・・・


 むっ、肩に・・・

 ややっ、胸に・・・

 くぅ、腕に・・・


 ・・・


 後で魔法で服を綺麗にするかのう・・・


「因みにぃ、主様がいても逃げ出さない魔物って何ですか?」

 首を傾げるアオイ。

 おっと、そういえば言ってなかったな。

「このダンジョンの最下層にいる主じゃ。」


 ・・・


「へぇ?」

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