第31話 情熱も優しさも



 私は本の背表紙を眺めながら、沢山の事を想像した。この本達は決して消える事無く私達に沢山の事を伝えてくれているのだ。歴史の多角的な視点や物語の登場人物達の心境や外連や空気、匂い、色、時間そんな物が閉じ込められた宝箱の様に、私は思い一つ一つの本を開く度に私は宝物に出会うのであった。


 その楽しみを私が大切に思える人。マサトがその世界に足を踏み入れて私を楽しませてくれると思うと私にとって幸福が幸福を運んで来るような極福とでも言いたい素敵な出来事であった。


 私は古書店では尾崎放哉の句集を買って後にし、次の書店へと足を運んだ。私は棚に平積みにされた書籍へと目をやると、新しく発売された物やテレビや新聞で紹介される人気作品等が平積みにされていた。私は子供っぽくそんな棚にマサトが書いた本が並んでいるのを想像して微笑んだ。そして新刊の並ぶコーナーを一通り眺めた後で有名作家の話題作を一冊買って書店を後にした。


 書店を後にすると次に私は八百屋へ向かい、台に並ぶ野菜を眺め


「玉ねぎは何にでも使えるから必要ね。ジャガイモはまだ、残りが冷蔵庫に有ったよね。」


そう呟きながらキャベツと玉ねぎ、大蒜、牛蒡、大根、人参を買った。それから3店舗ほど離れた精肉店へと行き、私はそこで合挽き肉と豚バラブロックとハムを買った。そして、二店舗離れたパン屋さんで、パン粉を購入した。商店街のアーケードの中は人はそこそこ多いもののお年寄りが多く静かな時間が流れていて喧騒の苦手な私にはとても落ち着く空間であった。


 先程はブランチの様な朝食だった為に慌てずに帰っても問題は無い為に、私はもう少し離れた洋菓子店まで向かい。そこでシュークリームを2つ買って帰る事にした。


 夏の始まりの焼ける様な陽射しの中を歩くと、少し多く買い物をし過ぎた事を後悔しながらも。マサトへこれで美味しい物を作ってあげられると思うと、額から溢れる汗も然程は気にならずに歩けた。


 アパートへ戻るとマサトはやはり、まだ集中して訂正した文章を眺めていた。そして私の入れた訂正を全て直したのか、自分でも赤いペンで原稿に校正を入れながら1枚ずつチェックを入れていた。私はそんなマサトの真剣な顔が好きで、それを崩さない様に私は静かにニンジンと牛蒡を笹切りにして水にさらし。先程のシュークリームを小皿に移して。お湯を沸かし、コーヒーを淹れ。ソッとマサトの横と向かい側に並べて、私は微笑みながら向かい側へと座った。


 ソッとはしておきたかったが。余りにも私の存在に気付かないマサトに少しだけ、ほんの少しだけヤキモチを妬いて。私はマサトへ


「マーくん。シュークリーム買って来たから食べてね。」


と、催促してみると。マサトはチラッと私の方を見ると。笑顔で


「ありがとう。」


そう言いながらシュークリームに噛り付いた。私はそれで満足をし。先程してきた買い物の品を整理しようと立ち上り野菜や肉を冷蔵庫へと入れて。私は自分の為に買った本を取り出し、またマサトの向かい側へと座り本を広げた。


 マサトは額から汗を流す事にも我を忘れて作業をするもので、座卓の上にはポタポタと汗を溢していた。私はそんな姿を眺めてはいたいものの。原稿に溢して汚してしまうといけないと、エアコンを点けてタオルを取りマサトの額の汗を優しく拭いて。


「汗で原稿を汚しちゃうよ。」


私はマサトへそう言うと。マサトは原稿から目を逸らさずに


「ありがとう。」


とだけ言った。涼しくなった部屋の中では、マサトのカサカサ、カリカリと原稿を読み、校正を入れる音と。私がたまに鳴らす頁を捲る音だけが響いて。隣の木々の葉が反射した夏の陽射しが窓から入り座卓の端で揺れていた。


 そして、その陽射しが少し山吹色を帯び始めた頃に私は句集を読み終わり。自分とマサトの小皿とマグカップを片付けて。グラスへ麦茶を注ぎマサトの前へと置いて夕御飯の仕度を始めた。


 玉ねぎとニンジンとニンニクを微塵切りにして、バターを融かしたフライパンで炒め塩コショウとコンソメを入れて色が変わるまで炒めボウルへ入れて冷ました。その間に別のボウルへ、パン粉を入れて牛乳で浸した。そして、マサトが好きなご飯と合う濃い目の味付けにの照り焼きにしようと。小鍋にザラメ、醤油、味醂、昆布出汁を入れてクツクツと煮込みながら混ぜた。


 私はそんな時に、この家にはお米が無い事を思い出し。お米を買いに出ようと思ったが、あんな重い物を持って歩くのかと思い躊躇して。マサトの方をチラリと見て声を掛けた。


「マーくん。」


「ん?なに?」


「お米無いよね?」


「うん。そういやお米切らしてたな。」


「お米、買ってきて貰えるかなあ。忙しいのは判っているけれど。私じゃ、ちょっと重くて。」


「いいよ。丁度ずっと座っていて身体動かしたかったんだ。」


そう言うとマサトは立ち上り。Tシャツとハーフパンツに着替えて財布を持つと、何事もなかった様にさっさと外へ出掛けて行った。私はソースの火を落として、先程の炒めた玉ねぎとニンジンとニンニクへ合挽き肉と牛乳を浸したパン粉。そして生卵を入れて手で捏ねた。


 マサトが喜んでくれる顔を想像しながら、丁寧に混ざり合う様によく捏ねた。そして、色味が均一になったらまな板の上にキッチンペーパーを敷いて、手のひらサイズに丸めながら左右の手でキャッチボールをしてタネの中の空気を抜いて、それから形を整えると。先程のキッチンペーパーの上に並べた。


 すると、予定より全然早くマサトが「ただいま」の声と一緒に帰ってきた。


「はい。」


と、マサトは私にそんなに大きくはないビニール袋を手渡してきた。私はお米を頼んだ筈だがと中を覗くと。4パック368円のレトルトのご飯パックを近くのコンビニから買ってきていた。私は


(これなら、私でも良かったのに...。)


そう心の中で呟きながらも、如何にもマサトらしい。と諦めて


「美味しいご飯で食べてもらいたかった。」


と、聞こえない程度で呟いて。マサトは何事もなかった様に座卓へ座りテレビを点けると、ぬるくなった麦茶を黙って飲んでいた。


 私はそんなマサトを見て溜め息を吐いては、気を取り直してマサトの好きな照り焼きハンバーグを焼くためにフライパンに油をひいて温め始めた。先に強火で表面を焦げ目を付けて焼き、残りは弱火でソースを絡めて焼いた。そして余熱で蓋をしてハンバーグを温めた。


 マサトの事が気になり、私が後ろを振り返ると。マサトはテレビを観ながら笑っていた。その間にも私はもう2品作った。






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