第29話 過ぎ去ったプロローグ



 ―――私とマサトは大学の四年生なった時の事である。




 8年振りの再会から私のマサトへの強引な猛アタックにより、私とマサトは付き合う事になり。私の初恋はどんなドラマよりも熱く実り、それから3年間。2回程、口論から喧嘩になり別れそうにはなったものの私のマサトへ対する想いは全くもって冷めずに、とうとう二人は大学の四年生になったのである。


 気付けば私は『タニハラくん』から『マーくん』へと呼び方が変わっていた。マサトもまた『水本』から『エリ』と呼び方が変わった。まだ親の仕送りで部屋を借りて居る立場だったので別々のアパートで生活をしていたが、互いの部屋へちょくちょく出入りするようになっていた。


 そんな夏の始まりのある日、私はマサトのアパートへと行き二人で座卓を前に座り話していた。


「ねえ。マーくんは卒業したらどうすんの?」


「どうすんの?って何を?」


「就職とか生活。私は地元のフリーペーパーの会社に就職しようと思っているの。」


「僕はねえ。内緒。」


「何が内緒よ。こっちは真面目に訊いて居るのに。」


そんなやり取りの中でも、マサトは私に笑いながら曖昧な返事を繰り返していて。私は少しマサトとの将来に不安を感じた。マサトは立ち上り冷蔵庫へ行き。私と自分の分の麦茶を淹れていた。私はマサトの後姿を少しだけ暗い気持ちで眺めていた。


 私は後ろに倒れかかりながら後ろへと手を着いたら、『ガサッ』と何かに手が触れた。何か入ったA4サイズの茶色い封筒であった。私はその封筒を手に取り。


「何だ、マーくんちゃんと就活してんじゃん。何処受けたのよ。」


私がそう言いながら封筒を開けようとすると、マサトは血相を変えて慌てて私に飛び付いてきた。


「やめろー!」


そう叫びながら私にマサトはぶつかって、封筒は舞い上がり中の紙が一斉に封筒から出て部屋中に散らばって、私はマサトとぶつかり。


「痛たたっ...」


と声を漏らすとマサトはぶつかってしまった事を謝りながら私の心配をした。やはりマサトは優しかった。しかし、私はそんな事よりもマサトの封筒の中身が気になり紙を1枚拾い上げて目を通した。


「...例え君の命が永遠で無くとも、俺は君を守り続け...」


「わーーーー!」


私が読んでいる途中でマサトは慌てた声を出して、私から紙を取り上げて後ろに隠した。私は私の横に有る他の紙を拾って読んだ。


「...この世界で君と出会えた...」


「わー!やめろー!」


と、またマサトは私から紙を取り上げて後ろに隠した。私はそんなマサトの目を見て


「ねえ。何なのその紙。私はあなたを信じたいし、常に信じようと思うのに目の前で隠し事をするなら、私はマーくんの事を信じられなくなるよ。」


「あー。もうわかったよ。僕さ、小説書きたいんだ。」


「急にどうしたのよ?」


「いや、急じゃないよ。僕は小学校の頃にエリから『星の王子さま』を借りたじゃないか。あれから僕は何回もあの本を読んだんだ。寝る前や、辛い時や、悲しい時や、寂しかった時に何回も。その度に僕は励まされてね。こんな風に成りたい。こんな話を書いて誰かが僕のそんな時の気持ちになっている人を元気にしてみたい。って思ってずっと書いていたんだ。小説。」


私は結局不安である事には変わりはなかった。マサトが就活では無くて小説家に成りたいと言い出した事は、安定を約束されたもので無い事は勿論で。それ以前に成りたいから成れる。そんな簡単なものでは無いからだ。


 しかし、私は不安だからと言ってマサトを嫌いになる事は無かった。むしろ余計に私はマサトの事を好きになり覚悟を決めた。マサトの今の話しは私にとってそれだけの価値の有る話だったのだ。


 何故なら、私はマサトと出会うまではずっと本に励まされて生きてきた。それと同じ気持ちをマサトが持ってくれていた事。そして、その気持ちを与える切っ掛けが私に有った。始めから掛け替えが無い存在で有ったマサトは益々と私の中で特別な存在である事に気付けたからだ。


 勝手に読んでごめんね。でも私はマーくんが小説家を目指すなら応援するよ。」


「えっ?本当?」


私は軽く頷いた。そして言葉を続けた。


「小説でご飯食べられる人なんて極僅かなんだから、小説書いて収入が無い間はアルバイトでもするんでしょ?あなたが小説家になるまで私が傍に居るから。」


マサトはよく理解していない表情を見せた。きっとこの初めて応募に出品した作品が受賞して、いきなり作家に成れるとでも思っているみたいだ。私は少し溜め息を吐いたが、何も自分の選択に疑問を持たずに突き進めるマサトが羨ましくも思えて笑いが溢れた。


「ねえ、マーくん。飲みに行こうか。私バイト代出たんだ。」


「急にどうしたんだよ。」


「いいの。一緒に飲みたい気分なの。」


「いいけど、僕は金なんか持ってないぜ。」


「判ってるわよ。それよりさっきの小説、後で私に読ませてよね。私が読者1号になるんだから。そのぐらい良いでしょ?」


「あ、ああ。本当にお前強くなったよな。」


私とマサトは目を見合わせて笑った。そして、マサトは部屋中に散らばった小説を番号に合わせて拾い集め、時折風に飛ばされて慌てて捕まえて。小説を拾い集めて番号を確認して。私達は近所の居酒屋に向かった。


 二人で並んで歩いて、最近は手を繋がなくなった事に気付いた私は不意にマサトの手を握った。マサトも私の手を握り返した。


 勢いで飲みに出掛けたものの、よくよく考えればまだ昼過ぎであり開いている居酒屋等はこの近所には無かった。仕方無く私とマサトはファミリーレストランで飲む事にした。ファミリーレストランへ着くと店員の案内に従いテーブルへ着くと、とりあえず二人で生ビールとフライドポテトを注文してメニューを眺めた。


 それからは、唐揚げを注文したり日本酒や焼酎を注文したり。二人でその時に流行った本の話をしたりとよく有る話で割愛として。そのまま酔った私とマサトはそのままマサトのアパートへと戻った。最近では屡々マサトの部屋に泊まる事も増えてきた。そこから先もよく有る話で割愛。


 次の日の朝、私はマサトの書いた小説に目を通した。きっと性分なのだろう。誤字脱字がちらほら見えるが文章全体には熱いものを感じるマサトらしいものであった。マサトらしい小説を読みながら隣で寝息を立てるマサトの頬をつついてみたりして独りで遊んだ。




夏の陽が射し込む窓辺のパイプベッドの上で。






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