第15話 追憶と王子さまと王子様



「あー!そうだ水本だ!クラスで成績一番の!」


私は正直驚いた。マサトは成績一番の事に何か興味が無いと思っていたし。私の名前も名乗った所で知らないと思っていたからだ。私はそんな事を急に言われて、慌てて机の上に置いていた教科書とノートを落としてしまった。


 そのノートをマサトが拾ったので、私は教科書の方を拾うと同時に慌てて


「ノート返してよ!」


と叫びながら取り上げようとしたけど机の脚に引っ掛りマサトへは届かずにマサトはそのままノートを広げてしまった。私はノートの落書きを見られたく無くて恥ずかしくて泣き出してしまった。そんな私のノートを見てマサトは


「水本って、めっちゃ絵が上手いんだな!今度、俺の好きな漫画のキャラ描いてよ!」


そう言って来た事に私は更に驚いて涙が止まってしまった。正直、明るくみんなの人気者のマサトはきっと私の落書きを見たら『気持ち悪い』『下手くそ』『根暗』とかそんな言葉を投げ掛けて来るに違いないと思っていたのに。凄く褒められて、更に自分に絵を描いて来て欲しいと言って来たのだ。


「いやー、水本って成績良いし難しい本ばっかり読んでいるからさあ。他の事に興味無いと思ってた。」


マサトは思った事をズケズケと言ってきた。他の人達の様に、距離を置いて虐めては居ないけれど、近付けてはいけない様な気を使われている言葉と違い。ズケズケと私の心の中に入ってきた。不思議と私はそれが心地好いと思い。マサトとずっと話していたいと思った。


「後さ、おまえ喋んないと思ってたけどさ。大きい声出せんだな。何かおまえが大きい声出したの聞けて何か嬉しかった。」


そう言いながら屈託無く笑うマサトの笑顔は、私の中でとてつもなく素敵な物で有った。それと、小さい頃から人に向けて声を出す事を怖れて居た私にとって、マサトのそのひと言はマサトの『嬉しかった。』寄りも更に私の中で嬉しいものであった。


(私はこの人になら声を出しても喜んで貰えるんだ。)


そう思うと、今まで重くのし掛かっていた。黒くてモヤモヤとして体中に絡んでいたものが。窓を開けた時に突風で吹き飛ばされた答案用紙の様に散々に消えて行って。“私はこの人ともっと話したい。”そう思うようになった。マサトは私に人と話をする勇気をくれたのだ。


「ねっ...ねえ。あなたは私の事どう思う?暗い?ガリ勉?」


「『あなた』じゃなくてさ。俺には『谷原たにはらマサト』って名前が有るんだぜ。こらからはタニハラかマサトのどっちかで呼んでよ。」


「ごめんなさい。じゃ...あ、た、タニハラくん...はさあ。私のことどう思う?」


「影がうっすいよなー。って思ってた。だけどさぁ、それって水本ってクラスで一番成績良いのに威張って無いって事じゃん。謙虚ってヤツ?それに美人なのに。」


「び、美人!?何それ?」


私の中で言われる事なんか無いであろうと、心の中から消えていたフレーズに私は顔が真っ赤になり何も言えなくなってしまった。するとマサトが続けて


「美人だと思うよ。影が薄いけど。なあ、ところで水本はいつも本を読んでいるけれど。何が面白いんだ?」


私は特に深く考えて本を読んでいた訳では無くて、ただ気が付けばヤル事が無くて読んでいたのでその回答を持っていなかった。しかし、実際に読んでいて楽しいと思うので。その事をマサトに伝えようとした。


「ええっとね。例えばタニハラくんがソフトボール大会で優勝したとするでしょ。でも、それってタニハラくんの中で全て終わってしまうの。バッターボックスに入る時に緊張したりだとか。試合に負けるかもしれない。と思った事だとかはタニハラくんの心の中だけで終わってしまうの。でもね。その事が本に書かれて有って、私がそれを読んだら。私はタニハラくんに成って、一緒に緊張したり。一緒に泣いたり、タニハラくんの物語を楽しめるの。それって凄い事じゃない?一人に一つの物語なのに、色んな人の物語を楽しめるのよ!」


私は、始めて心の内を人に話した。しかもそれは興奮と共に一気に口から溢れ出して。マサトを言葉の激流に突き落として流してしまうかの様に。私はその事にハッとなりマサトの顔を見ると、マサトはニコニコしながら


「へえ。水本にとって本ってそんな感じなのか。何かその話聞いてさ、俺も何か本を読みたくなった!」


(やっぱり、この人になら私は話しても良いんだ。)


そう思った私は意識をせずに自然と笑顔になってしまった。そんな自覚も持たずに笑顔になってしまった私にマサトは屈託の無い笑顔で


「水本が面白いって思う本貸してよ。俺も読んでみたいからさ。」


そんな事を言ってくるものだから、私は嬉しくなって。ランドセルの中から1冊の本を取り出した。


「あなた、いやタニハラくんだから特別に貸してあげる。サン=テグジュペリの『星の王子さま』あのね。大切な事は、目に見えないの。」


「へぇー星かー面白そうだな。そう言えばさ。凄く星が近くに見える秘密の穴場が在ってさ。いつも夜にそこで星を見るんだけど星が手に届きそうなんだぜ。いつか本のお礼に教えてあげるよ。」


「えっ?何そんな所が在るの?行ってみたい!」


私はマサトの言葉に胸が踊った。フワフワして凄く気持ちがよくて、勇気が湧いてくる様な不思議な感じに。そんな気持ちに浸る間もなくマサトは


「川沿いの竹下公園って有るじゃん。そこの端に在る貯水タンクが在るだろ?そこの上なんだ。多分今夜も俺はそこに行くと思う。」


マサトは秘密と言いながらも本当は話したくて仕方なかったのか、あっさりと話して教えてくれた。私はそんなマサトの子供っぽさを可愛く思った。私はそんなマサトに『星の王子さま』の話をしたくて話そうとした所で。教室のドアが開いて先生が私とマサトに『学級閉鎖』の事を告げ、私の初めての楽しいお喋りの時間は終わってしまった。


 そんな学校の帰り道に私はずっと、マサトの事を考えていた。その時に私は平然と使っている『思う』と『考える』の違いを考えた。二つ共、さも違う様に使っているが。頭の中で起こる事であって違いがよく判らなくなっていたが。マサトの事を考えると胸の辺りが熱くなって、これが『思う』なのかもしれない。と思った。




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