第13話  終わりの永遠、永遠の終わり


「あの明るい星とね。あの小さい星2つと、あっちの赤色の星を繋いで。これは『犬座』でね。」


「じゃあ僕は、あそこの星と、あの白く瞬く星とあの小さい星と、あの3つ並んだ星を繋いで『飼い主座』だ。」


「飼い主座は犬座の飼い主でした。毎日お散歩に行くのを二人とも楽しみにしていました。だけど、そこに現れた猫座が二人のお散歩を邪魔したのです。」


「猫座ってどれだよ?」


「あの星とあの星とあの星をこう繋いだヤツ!」


「ほほう。そこに、この星とこの星と、あの黄色の星を繋げて『猫の飼い主座』も登場だ。」


「犬の飼い主座と猫の飼い主座は実は昔別れた恋人だったのです。」


「マジか!?」


「うんマジで!」


などと僕と美空はそんな会話をして楽しんでいたが。何だか寒さも増してきたので、僕と美空はアパートへと帰る事にした。


僕は美空を抱えたまま上体を起こして立ち上がると美空は僕の方へ振り返り向かい合い首へとしがみついた。


僕と美空は満天の星空の下で。


ゆっくりと深く口付けを交わした。


口を離してからも、名残惜しみ何回も。




――――そして少し時間が経って。(2~3分)




 美空は僕の背中へ回り。また体勢を立て直し僕達は帰路に着くことにした。


「あたし、ずっとこうして居たい。」


「幸せな時ほど時間が経つのって早いよね。中学校の卒業式でも、皆『ずっとこうして居たかったな。』って言うもんだし。でも、大人になると段々時の流れの残酷さに気付くんだ。潰れた店は復活しないし。失った物は殆ど戻っては来ない。」


「だから、今はあたしを大切にしてください。今だけで良いから。エリさんが帰ってきたらエリさんの事を1番に想って良いから。今だけは。」


僕は美空の手の甲を撫でると頷いて。貯水タンクの梯子へと向い降りた。フェンスの扉を抜けるとまた、扉にチェーンロックを掛けて公園の敷地へと戻った。


 時計の針は0時を回り。川の周りの屋台を準備をしている人達の姿もあまり居なくなり、そんな川沿いを美空をぶら下げながら歩いていく僕。幽霊と僕。美空と僕。エリと僕。その実、全てが僕の周りで動くのだけれど、その一つ一つに合わせて考えて行けば。僕の物語で有る様に見えて、それは美空の物語。エリの物語。つまり他者からの物語から見れば僕は脇役に他ならない。


 歩きながら夜空を見上げて、空にこの物語の主役が誰なのかを訊ねてみたくなった。あの星座達みたいに消えない物語に、何いずれ消えてしまう僕達の物語。何れ消えてしまう美空。何れ死んで消えてしまう僕やエリ。


『消えてしまう為だけに。僕らは何で生まれて来たのだろうか?』


そんな子供からお年寄りまで誰もが1度は考える。やがて消えてしまうそんな想いに僕は今更ながらまた囚われてしまった。例えばそれは、高い所に登る時に下を見たらダメだと言われる様なもので。意識をしない時は何事もなくスムーズに進む物事であったとしても。その事に一度不安を覚えてしまうと、それを取り払えないのが人間なのだ。


 以前にニュース記事で記憶の遺伝を調べる実験を行った記事があったのだが。蜘蛛に出会った事の無いマウスに対して蜘蛛に襲わせる事を繰り返し。繁殖させた後に別室で育てた子孫の蜘蛛を見たことの無いマウスに蜘蛛を見せた所、マウスは蜘蛛に怯えたとの結果が出た。


 その事からも含めて、生物の種の繁栄に対して不安や恐怖の情報は生命を守る為にも必要な情報で有り。なかなか取り去ることの出来ない様に始めから作られているのだ。そんな事を考えていると美空が僕の顔の横へと顔を出して。


「ねぇ。マサトさん。天国とか地獄とかって在るのかな?」


美空は唐突にそんな事を僕に訊いて来たが。それに関して、僕は以前より考えて自分の中での答えを既に持っていたので僕はその考えを彼女へ答えた。


「僕は無いと思う。天国に行く様な良い人達がさあ。地獄に堕ちた人達を見てどう思うだろうか?きっと、天国に行く様な良い人達は地獄に堕ちた人達を助けようと思うんだ。そうしたら、天国も地獄も無くなって。人間は今在るこの世界みたいな物を創り出すと思うんだ。だから僕が神様だったら、そう成らない様に全部一回消してしまうと思う。身体も、心も、魂も。」


しんみりと、そう語る僕に美空は寂しそうに


「そんな事言わないで。」


そう言うと黙り込んでしまった。僕は『しまった。』と思ったが弁解の余地無く、ただ叱責を受け止めようと僕も黙り込んでしまった。


 僕達は無言のまま、暗闇と黒く塗り潰された川沿いの街の景色にオレンジ色の街灯が柔らかに反射する中を。ただ無言のままに黙々と歩いた。


 準備されている。花火大会の屋台に目をやりながら。りんご飴、はし巻きお好み焼。ヨーヨー釣り。金魚掬い。タコ焼き。フライドポテト。唐揚げ。沢山の色んな屋台を眺めていると、この沈黙した重苦しい空気から少しだけ逃げられた様な気がした。


 橋を渡り対岸の川沿いもまた屋台が建ち並び行きとは違った風景の中を黙々と歩いた。無言や静けさは、頭の中に外には出ない言葉達が沸き立ちドンドンと膨れて頭の中がいっぱいになる感じがして僕は嫌だったが。無言や静けさはやはり僕の頭の中を言葉でいっぱいにした。


 僕は美空との出会いを思い返してみた。僕が美空と出会ったのは昨日の夕方で、まだ1日と少ししか経って居ない事に僕は自分の中で驚いた。そして、本来の目的と言えば。美空は死んだ後の記憶に残っていた男。杉井純平すぎいじゅんぺいを捜す事であったが、美空の過去を調べる内に僕は杉井を美空には会わせない方が良いだろうと言う結論に至った。


 しかし、今は僕の中でもう一つの考えが頭を過った。美空が今も記憶が消えて行き、幽霊で有り実体を持たない思念体で有ると考えた際に。その思念で有る記憶を失う事で美空が消えてしまうのであれば。


杉井純平と会えば、喩え不幸な過去で有れど記憶を取り戻して美空が消えてしまう事を防げるのでは無いか?と思うに至った。


 そんな事を考えているうちに、僕達はアパート手前の登り坂に辿り着いた。僕も美空も無言のままで。


「ねぇ。マサトさん。何で黙っているの?」


美空がそんな台詞を口に出した。僕は美空は、僕の言葉に余り怒っては居なかったのかと少し安堵の気持ちに成るのと同時に、もしかしたなら美空はさっきの僕との会話も忘れ始めているのではないか?と言う不安な気持ちも顔を見せて、僕は安堵と不安。その2つの気持ちに挟まれて美空への返事を返せずに居た。



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