第8話 夜風と幽霊



 このだだっ広いスーパーマーケットの売り場を見ながら美空は楽しそうに周りをキョロキョロしていた。それに気付いた僕は美空に訊ねた。


「他に何か欲しいもの有る?」


「いえ。欲しいって訳では無いんですけど。見ていて明るくて、物がたくさん有って楽しいなぁ。って。」


その様な美空の可愛らしい返答に僕は


「じゃあ、もう少し見て回ろうか。」


美空はその言葉に嬉しそうに頷いた。僕達は、お酒コーナーから逆時計回りに見て回った。美空は枕カバーやシーツや他愛も無い物を見て喜んでいた。食器コーナーに寄りグラスや皿を眺めたり。その姿に微笑ましさを感じた影には少し物悲しさを僕は持ってしまった。


 彼女の無邪気さを喜んでいれば良いものの下手に過去を知ってしまっただけに。そんな僕の気持ちとは裏腹に美空はいたずらっ子がイタズラを思い付いた様な笑顔を僕に向けると。


 白黒の犬のキャラクターの描かれたマグカップを手に取り。


「えい!」


と言いながら買い物カゴの中へ放り投げた。僕は


「何だよマグカップなんか欲しいのかよ。」


そう言うと美空は


「うん!だって今あたしが使っているのって。エリさんのマグカップでしょ?あたし自分のマグカップでコーヒーを飲んでみたくて。」


そんな他愛も無い要求に僕は微笑みながら了承した。美空はピースサインをして満面の笑みを浮かべた。


 買い物の商品を選び終えたので、セルフレジへと向い商品を一つ一つバーコードスキャナーへ通し、その度に『ピッ。ピッ。』と音が鳴るのを美空は楽しそうに見ていた。『ピッ』と鳴る度に頷いて。全ての商品をレジに通し、支払いを終えて袋にお酒の缶等、重い物を底に並べ敷き詰めて。その上に乾き物やスナック菓子を置いて、その上に美空のマグカップを乗せた。


 袋詰めを終えて僕達は自転車の所へ戻り、荷物を自転車のカゴへ入れて自転車に跨がり帰った。途中、橋の手前で少し上り坂になっているので自転車から降りて押しながら歩いた。


 美空は僕の首に腕を回したままで、嬉しそうに鼻歌を歌っていた。


「ねえ。歌なんて覚えているの?」


「あっ!本当だ!あたし歌ってた!何の歌かわかんないけど。」


「わかんないんだ。でも良い歌だったよ。」


「なんか恥ずかしいです。」


美空はそう言うと顔を赤らめて黙りこんだ。そんな事など意にも介せず。


「いや、何か思い出したのかな?と思ってさ。歌なんてかなり重要な情報っぽいだろ?」


「そ、そう言われるとそうですけど。そんな気分になって、そんな感じかなーと思って歌ったので...」


(それは恥ずかしいな。)


「そ、そうか。何か思い出せるといいね。」


「はい。」


そんなやり取りをしているうちに僕達は橋を渡り、アパートの前の上り坂へと辿り着いた。僕は溜息を吐いて


「行きは下りで、ビューって下りて行けるから良いんだけどね。帰りのこの坂は自転車だとキツいよね。」


「あたしは、あんまり関係ないですけどね。」


と美空は笑いながら僕に向けておどけて見せるので。僕も笑いながら「ズルいよ。」とだけ応えて二人で笑った。


 そして、アパートの部屋へ戻ると僕はさっき買ったお酒を冷蔵庫へ入れて、乾き物やスナック菓子を流し台へ置いてマグカップを洗って、食器乾燥機へ置いた。



 ―――「お酒飲む前にシャワー浴びるから、適当にくつろいでてよ。」



僕がそう言うと、美空は申し訳なさそうな顔をしながら。


「その前に、さっきのマグカップでコーヒーを一杯貰えますか?」


そんな事を態々わざわざ言ってくるので、何か有るのだろうと「いいよ。」と僕はさっき買ったマグカップへコーヒーを入れて、座卓の美空の前へと置いて風呂場へと行った。



 ――――シャワーを浴びて、タオルで身体を拭いて洗面台で歯磨きをしながら部屋着へと着替えた。



 風呂場から静かに出ると、美空はマグカップを握りしめたまま涙を流していたので僕はまた静かに風呂場へと戻りドアを閉めた。そして洗面台の鏡を見ながら、美空が何で涙を流していたのか考えた。しかし、僕の中で決定的な考えには辿り着けずに


「美空ー!シャワー終わったよー!」


と後から考えれば謎な声をかけて、美空に涙を拭く時間を与えて僕は何も気付かなかった事にしようと姑息な事をした。


「えっ?」


と美空が返事に困った声を出したので、僕はドアを開けて風呂場から部屋へと戻った。予定通り美空は涙を拭いていてくれていたので。僕は何も無かった様に


「さっ!飲もうぜ!それともまだコーヒーが良いかい?」


「いえ!お酒を飲みます!」


と言いマグカップを差し出したので。受け取り流し台へと持って行き、冷蔵庫から発泡酒とビールを取り出して美空へビールを渡し缶の蓋を開けて


「かんぱーい!」


と缶を前に出すと、美空も慌てて蓋を開けて缶を前に出して


「かんぱーい。」


と缶を当てた。僕は発泡酒をひと口飲んで流し台へと行き。皿を取り出して乾き物と、スナック菓子を皿に出して座卓の真ん中へ置いて僕も座った。すると、美空はビールを一気に飲み干してしまい。空になった缶を座卓の上に置いて


「マサトさん!もう一本ビールをください!」


そう言うので僕はもう一本ビールを取ってきて美空に訊ねた。


「酔ってんの?」


「...いいえ。それより聞いてください。あたし、マサトさんの事が好きです!ずっと一緒に居たいです。今の様な生活が永遠に続いてくれないかな。って思います。でもあたしは死んじゃってて、幽霊なんです。」


「やっぱり酔ってる?」


「聞いてください!あたしは存在の無い存在でいつ消えてもおかしく無いんです。あたしはマサトさんには幸せで居て欲しくて。でもそれを考えるといつ消えるか判らないあたしじゃなくて。エリさんがマサトさんには必要なんです。だから、エリさんを大切にしてください。」


「あ、ああ。」


僕は何て返事をしていいのか解らずに生返事をして発泡酒を飲んだ。すると、美空ももう一本の缶ビールの蓋を開けて飲み始めて。


「でも、いつ消えても良い様に想い出をください。」


そう言いながら、またビールを飲み始めた。僕も、もうひと口発泡酒を飲みながら


「まあ、明日は二人で花火を観にいこうよ。」


そう返すと美空は両手を挙げて「ヤッター!」と喜んだ。


初夏の夜風と幽霊と酒を交わして想いを交わし




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