第6話 夕陽と僕と幽霊の笑顔


 ―――もし、僕が美空の様に死んでいて記憶を失っていたなら。僕は過去を知りたいだろうか?



 死んでいる時点で、その過去にはあまり期待は出来ないんじゃないか?そんな事を考えながら美空の顔を見ていると


「マサトさん。何でそんな怖い顔であたしを見てるんですか?」


「ああ、いや。ちょっと眩しくてね。」


「あたしが可愛いくて眩しかったんですね。」


美空は無邪気にそう言って笑うので、僕も合わせて笑った。冗談を言う様にまで心を開いてくれた美空に、僕は本当に愛しさを覚えていたのかもしれない。



 ―――もし、僕が死んだなら。美空の様にエリの事を捜して。何か伝えたいのだろうか?そして伝えるなら僕はエリに何と言うのだろうか?



 自分の消え行く寂しさに。エリのこれからの気持ち何か考えずに「ずっと愛しているよ。」何て言ってしまうのだろうか?川の流れを見ながら自問自答してみたが。答えなんか出る訳でも無く僕は美空へペットボトルを見せ


「喉渇いていない?」


そう言い水を口に含むと、美空はそのまま僕に口付けをした。


同情が愛しさに変わる時間なんか神様にも判るものか。


 美空は僕の頭を両腕でギュッと抱き寄せて離さなかった。口の中の水はとっくに無くなっていたのに。水が無くなってからの、たった5秒ぐらいが凄く長く感じた。


「ごめんなさい。」


美空がそう言って顔を離すと、もう一度


「ごめんなさい。エリさんが居るのに。でも、浮気とかじゃ無いですよね?あたし幽霊だし。人間じゃないし。」


「何をしたとか、何をしていないとか。誰だからとか、何処だからとかそう言うんじゃなくて。僕のこの浮わっついた気持ちが浮気何だと思うんだ。」


そう言うと僕は美空の顔に触れながらもう一度口付けをした。この緩やかに流れる川の光の乱反射の中心で。



深く。



 ―――それから僕と美空は何を話していいのか判らず。無言のまま暫く歩いた。美空の僕の首にしがみつく力が心なしか前よりも強い気がする。


 この川の流れに谷風が吹いて僕等を笑うかの様に背中を撫でながら通り抜けた。よくよく考えれば幽霊との恋愛だなんてこれ程退廃的なものも無い。何せ最早、存在しない未来に向けて感情のみで進むのであるのだから。


「なあ、美空。」


突然に沈黙を裂いた僕の言葉に美空は


「は、はい!何でしょうか?」


無意味な畏まりを持ち返事をした。僕は首にまかり付いた美空の腕に手を当てながら。


「人生って何だろうね。」


「えっ何ですか急に。」


「何て言うの?運命?そんなんの廻り合わせって残酷なもんだよね。もしこれが。って考える時はいつも過去でさ。それって絶対に変わらないのにね。」


美空は首に巻く腕にギュッと力を入れて震えていた。


「そうですね。ごめんなさい。」


そう言う美空の腕を撫でて


「謝る事は無いよ。そうしたものなんだろう。美空が幽霊ってのも。僕がエリと付き合ってんのも。」


そう話している内にお昼を過ぎたので、僕達は一度アパートへ戻る事にした。美空はボーッと僕の早さで動く景色を眺めていた。僕は美空の事を考えても、エリの事を考えても、心が苦しくなるのでくだらない事を考える事にした。


 しかし、それでも何も浮かばなくて。僕は助けを求めるように美空に話しかけた。


「どう?何か思い出せる物はみつかった?」


「何か思い出せそうで、思い出せないぼんやりとした物ばかりです。ただ、外の世界って綺麗なんだなって。」


「本当に綺麗だよね。土日はここで花火が上がるから、尚綺麗だろうね。」


「そうですね。」


等と他愛も無い話しをした。それからは特に会話もなく僕達はアパートの部屋へと辿り着いた。美空は


「久しぶりのお外で何か疲れちゃいましたんで、あたしはちょっと寝ますね。」


そう言ってスーッと消えた。幽霊もねるのだろうか?そんなどうでもいい疑問を持ちながら、僕はペットボトルの残った水を飲み干して。ラベルを剥がしてゴミ箱へと捨てた。


 僕は出しっぱなしだった布団を畳んで、床に寝転んでスマホを取り出した。もう何か僕の気持ちは何処に所在が有るのかも解らず、美空の事を調べるのも心が苦しくなりそうでゲームの画面を開いたがそのまま寝てしまった。



 ―――僕は2時間程寝てしまい。目を覚ますとスマホが点滅していた。



 エリからの着信だった。電話は留守番電話にメッセージが残っていて


「マーくん。...ごめん。また電話するね。」


とだけ入っていた。僕はエリとの付き合いではよくある事なのであまり気にせずにそのまま画面を閉じた。取り合えず起き上がり風呂場へ行き洗面台で顔を洗ってまたリビングへと戻ると美空が姿を現していた。外出の時とは違い、また部屋着へと戻っていた。


 美空は少しおどおどとした表情で


「マサトさんが良ければ、今日は姿をずっと出していて良いですか?」


「別に良いよ。何か話したいの?」


そう言うと美空はコクンと頷いた。僕は朝使ったマグカップを洗い、拭いて。お湯を沸かし始めた。そしてコーヒーを2杯淹れて座卓の上に置いた。これは下心等では無く、いつもの癖でそうしてしまっただけだ。


「で、何か気になる事でも有った?」


「あの、マサトさんが引っ越して来てすぐの時にあたし宛のDMとか来ていた。って言ってましたけど。その中に何か手紙とか有りました?」


僕は美空のその質問が、過去の繋がりを知りたくてしたものだとは判ったが。特にその様な物が来ていた試しは無かったので正直に。


「特には来てなかったね。」


「そうですか。」


と、やはり少し寂しそうな反応であった。その寂しそうな顔に夕陽が当り、より感傷的な風情をだして。僕は少しだけ目を反らした。外からはカラスの鳴き声や、車の排気音、下校の子供達の笑い声。


 明日の花火大会に向けて街は静かにざわめき立っていた。僕はこの寂しそうな美空の顔が明日の花火で全てが変わってくれたらいいのに。そんな事を考えながらコーヒーをひと口啜りながら天井を眺めた。古臭い蛍光灯の紐が外から入る風に揺れていた。


「そう言えば美空の服ってどうなってんの?」


僕は着替えてはいたが、その仕組みがよく解らないので素直に質問してみた。美空は眉間に皺を寄せて口を尖らせて


「するのは簡単何ですけど説明するとなると、難しいんですよねー。」


夕陽が当たった美空の口を尖らせた顔が何とも言えないコントラストに僕は笑った。美空もそれに釣られて笑った。


夕陽と僕と幽霊の笑顔。悲しくても滑稽で。溢れるのが笑いで良かったと。




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