004.ハク


 高校というのは青春そのものだ。

 人によっては中学が、はたまた大学が青春の絶頂期だと言う者もいる。

 けれど筆者は高校がもっとも青春に相応しいと思う。


 大学になるとたしかに時間もできる上に親から何かを言われることも少なくなり、自由が増えて最高の青春という側面もあるだろう。

 しかし自由には責任もつくものだ。開放されたぶん、全てを自分でこなさなければならなくなる。

 例えば家事、例えば生活費の捻出。様々な要因があるが、筆者の経験に言わせれば自由なんてあって無いようなものだった。

 中学は逆に、親からの締め付けが強くなる。という条件から、中間の高校が最も青春の絶頂と言えるわけだ。



 ――――そんなコラムをネットのどこかで見た覚えがある。

 親の庇護下かつ自分の頭で考えることが多くなるから、その時間を謳歌しろと。そういった内容だったと記憶している。


 しかし現実に高校生になった俺にとっては、その素晴らしさが全くわからないでした。

 感覚的には小学、中学、高校と連続してきているから特別感なんてわからなく、謳歌なんて一体何をすればいいのかすら思いつかない。


 けれどこれが青春と呼ぶかは知らないが、一つだけ。新しい環境というのはどんなものだってワクワクドキドキするものだ。

 新しい世界、新しい友人。様々な新しさがあるが、俺はそんな環境を否定することなく楽しむ側の人間だ。

 しかし今回ばかりはそうはいかない。確かに俺にとっては新しい環境だが、周りにとってはそうでないからだ。




 今日は俺が通っている高校の入学式…………いや、語弊があったか。俺にとっては入学式で、実際には新学期だ。

 失った記憶というのは随分と奥の方に閉じこもっているらしく、退院してからというものの復活する気配なんて一切みせなかった。

 一応昨日受けた検査では問題なし。あとは経過観察という診断が下り、こうして学校へと向かっている。


 今の感覚を正確に伝えると転入生という気分だろうか。ただし周りは全員俺のことを知っているという縛り付きの。随分とハンデが酷い。

 本当に記憶さんには早く表に出てきて欲しい。オガタマノキの枝を持って騒いでたらひょっこり出てきてくれないだろうか。



 そんな訳のわからないことを考えながら歩いていくと、もう目の前には学校が。

 周りには俺と同じ制服を来ておしゃべりしながら校舎に入っていく生徒の姿。

 ……あっちが昇降口か。その手前にはクラス分けが載っているであろう掲示板がある。

 俺は一つ深呼吸をして、生徒たちに続いて自らの名前を探しに踏み出した。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「……ここか」


 障害など何もなくたどり着いた教室の前でプレートを前に立ち止まる。

 2年……1組。さっき掲示板で見た場所と間違いない。扉前に張られているクラス表にもちゃんと名前が記載されている。

 どうやらこの教室で間違いなく、たしかに俺は1年の記憶をふっ飛ばして2年になっているようだった。


 だいぶ意識して歩いてきたが、記憶さんはデジャヴの一つも騒いではくれない。

 むしろうんともすんとも言わないのをみると、1年後の世界へと飛んでいるようにさえ思えた。何ていうんだっけ……パラレルワールド?

 母さんは普通にこの1年俺と会ってたって言うし、精神だけ飛んでしまったのではなんてバカな妄想をしながら目の前の扉をくぐってく。


「おはざいまーす……」


 小さく様子を伺うように適当な挨拶をして教室に足を踏み入れると、見知らぬ顔がそこら中に広がっていた。

 知らなすぎて誰が1年の頃のクラスメイトかすらわからない。幸いにもみんな会話に夢中で特別俺に気にかける様子は見受けられず、とりあえず無難に入室できたようでホッとする。


 どうやら席は自由に座っていいらしい。

 でも向こうは知ってても俺に知り合いなんて居ないだろうしなぁ……。


 自分の席という新たな難所にテンションを下げられつつどうしようかと辺りを見渡す。

 周りの殆どは仲のいい同士で固まって席を取っているようでその場で談笑している。

 そんな中には当然入れないしあと座れそうなのは…………ん、あの1人で外を見てるのは…………。



「よっ、ハク。 早くから居てくれて助かったよ」


 俺は1人教室の一番後ろの窓側……つまりベストポジションを陣取って青空を眺める生徒に声を掛ける。

 この人なら知っている。きっと向こうも俺のことを……


「…………ん? キミは…………誰だい?」

「えっ――――――――」


 振り返った口から出た言葉に、思わずバッグを落としてしまう。

 ハクが……俺のことを知らない……?そんな……そんなことって……。


 もしかして本当に別の世界に迷い込んでしまったのでは無いかと頭が真っ白になる。

 ポッカリと穴の空いた記憶に、知っているハズの人が知らない事実。それに今まで彼女のできなかった俺に彼女ができていたことも加えて、ここまで状況証拠が残ってしまうと、信憑性が高まってしまう。

 まさかハクまでも……俺が目の前の、疑問を受けべている顔になんて声をかければいいかもわからず口をパクパクと動かしていると、フッと目の前の顔が歪んで小さく笑みを浮かべていく。


「ふ……ふふ……。いやだなぁ、冗談だよ、セン。ボクがキミのことを忘れるわけ無いじゃないか」

「――――――。 あっ……あぁ!そうだよ!忘れるわけないか!! あぁ……びっくりしたぁ…………」


 冗談――――。

 そう言って笑みを浮かべる姿に俺は心の底から安堵した。

 俺が学校まで足を運べたのはハクという存在がいるからなのに、知らないなんて言われたらダッシュで逃げ出すところだった。


「ふふっ。世界が終わったような顔をしていたよ。大丈夫かい?」

「そりゃ当然だよ。ここ1年の記憶が無いんだから」

「そういやそうだったね。 あまりに信じられなくって、思わずからかってしまったよ」


 そう笑いながら回転するようにこちらに身体を向けるのはハク…………俺の親友だ。


 白鳥 琥珀しらとり こはく

 幼稚園の頃からいつも一緒に居る、大事な親友……もしくは腐れ縁と言うべきか。

 ショートボブの黒髪を揺らしながらパチクリとした茶色の瞳に泣きぼくろ。

 幼さを残しつつもしっかりと通った鼻筋に、どちらかと言ったら美人よりの可愛さを持つ少女だ。


 自らをボクと言うのは小学校の頃からの癖で、俺は彼女のことを琥珀から取ってハクと呼ぶ。

 同時に彼女も泉の音読みでセンと呼ぶ、長いことクラスすら同じの腐れ縁。

 腐れ縁だから当然母さんも彼女の存在は知っていて、今回の事故の件も母さん経由で伝えてもらっている。だから記憶が無いことも知っているわけだ。


 そんな彼女が中学のころと同じフッとした微笑を浮かべているのを見て、俺は心から安堵する。

 当然だが、彼女は中学と比べて出で立ちが変わった。その服は中学のブレザーとは違いここの学校のセーラー服。

 膝上数センチまでのスカートと、ゆらゆらと揺れる胸元のスカーフ…………ん?胸元?


「…………」


 おかしい。中学の頃のハクはたとえスカーフを付けても一切揺れないほど胸元は縦にストレートだったはずだ。

 それが今見るとしっかりと膨らみが感じ取れる。周りの女子と比べても大きく、腰に手を当てて見えるウエストはどう見ても相当細い。

 一年前までは地面と垂直と言っていいほどの体つきだったのに……これは一体…………


「おっと、なんかイヤラシイ視線を感じるぞ?」

「……あっ! いや、これはその……」


 その変化のしように、つい視線が固定されてしまったようだ。

 フッと胸元を腕で隠し、身体を捻る彼女の言葉でようやく現実に引き戻される。


「なんだい? そんなにボクの身体が気になるのかい?」


 軽く目を細めて身体を隠しながら俺を見上げてくるハク。

 しまった、地雷だったかもしれない。でもハクに嘘は通じないからここはある程度正直に……。


「いや……だいぶ……。 この1年で変わったなって……」

「…………具体的にどういうところがだい?」

「なんというか、キレイになった」

「っ――――」


 素直に身体の凹凸が目立つようになったなんて言ったら右ストレートが来ること間違いない。

 少しボカす感じならまぁなんとでも取れるだろう。


「そ……そうかい? べ、別に何も特別なことやってないんだけどね……前までのキミにそんな事言われたことなんてなかったし……」

「ほら、記憶が無いから俺としては1年ぶりって感じだからさ。突然変わったハクを見て、その綺麗さに驚いたよ」

「…………」

「? ハク?」


 突然顔を伏せって何の応答も示さなくなるハク。

 少し屈んで彼女に近づいてみると、「行け!行くんだ琥珀!ここで行かないでどうする!?」なんて言葉が聞こえる。

 行くって……トイレ?あぁ、ずっと俺が通路塞いでるから我慢してたかもしれないな。


「あ……あのねセン―――――!!」


 彼女がトイレに行きたいと俺に告げるためガバっと顔を上げたその瞬間、ザワッと廊下が騒がしくなる。

 思わず俺もその方向に顔を向けると、みな一様に昇降口から教室までの道のりを見ていることに気がついた。


「何だあれ…………?」

「クッ……また言い損ねた……」

「ハク?」

「う、ううん。 そういや記憶が無いから知らないも同然だね。あの2人が登校してきたんだよ」


 どうやハクは知っているようだ。

 あの2人……?


「クラス替えで初めて一緒になる人も居るからこの騒ぎなんだろうね。ボクたちもだけど」

「その2人って?」

「……芸能人ってわけじゃないけど、それを凌駕するほどの可愛さでウチの学校じゃ相当有名だよ。何でこの学校に来たのが七不思議の一つって言われてるほど。 その名を――――」


 彼女は名を告げる。

 それは俺もよく知る2人の名前。そして姿を現したのは、確かに見覚えのある2人だった――――。

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