第7話 レベルアップとロケット弾


 朝にタオルを買った時点で今夜は野宿かもしれないと覚悟を決めていたけど、メルルをはじめとした常連客のおかげで売り上げは3000リムを越えた。

というわけで、今夜も定宿ボッタクーロに宿泊できる。


「泊まり? 休憩?」


 ぶっきらぼうな女将さんの態度も二度目となると気にならない。


「泊まりでお願いします」

「同じ部屋が空いているから使っておくれ。静かにね」


 俺の顔を覚えてくれていたようだ。

あれ、カウンターの隅に昨日はなかった染みができているぞ。


「これ……」


 女将さんはことさら大きなため息をついた。


「さっき殴り合いの喧嘩があったのさ。まったく、掃除する人間の身にもなれってんだよ!」

 やっぱりここは魔窟だ。

だけど高級なホテルに移るほどの金はまだない。

望んだとしても状況がそれを許してくれないわけだ。

俺は足音を立てないよう、静かに階段を上った。



 翌日も早朝からダンジョン前広場に向かった。

少しでも稼いでもう少し安全な宿屋に移るのだ。

いつもより入り口に近い場所に陣取り『開店』と念じた。


「あれ、少しだけグレードアップしている?」


 現れたのはいつもの天秤屋台なのだが、品数が少しだけ増えている。

それに欠品していた粉末ジュース(パイナップル味)が補充されていた。

しかも、天秤棒には何やら大きな台紙がぶら下がっている。

ひっくり返してみるとそれは懐かしのロケット弾だった。


 ロケット弾はジャンプ弾とも呼ばれているプラスチック製のおもちゃだ。

紙火薬を挟みこんで投げると、追突の衝撃で火薬が破裂して大きな音がなる。

くじ引きになっており、大きなロケット弾や3個入りが出ることもあった。

でも、このロケット弾は日本で売られていたものとはちょっと違うようだ。


 商品名:ロケット弾(くじ引き)

 説明:モンスターに投げつけると爆裂魔法が炸裂する。消耗品 大きなものほど威力が上がる

 値段:一回50リム


 マジですか……。

いや、これは駄菓子屋で売っていい商品なのか? 

危険だから販売はやめようかとも思ったけど、頭の中にメルルやミラの顔が浮かんだ。

彼女たちはモンスターを狩って生活している。

ロケット弾を使うことによって彼女たちの安全が少しでも高くなるのなら……。


「うおーっ、パイナップルジュースが補充されている! 全部私が買った!」


 元気よく現れたのはメルルとミラだった。


「また買うの?」

「とうぜん! って何これ?」


 さっそくロケット弾に気づいたようだ。

俺はロケット弾についての説明をしたけど、威力については不明な点が多い。

ここはスペシャリストに訊いてみよう。


「なあ、ミラ。爆裂魔法っていうのは強力なの?」

「そうですねえ……術者にもよると言えますけど、攻撃系の魔法としてはかなり有効です。ちなみに私は使えません」


 実際使ってみないとわからないということか……。


「どうだいメルル、一回くじを引いてみないか?」

「え~、私はパイナップルジュースだけでいいんだけど……」


 100リム銅貨を3枚押し付けて、メルルは素早くパイナップルジュースをポケットにしまった。


「私はやってみたいです」


 ニコニコしながらミラが手を上げる。

やっぱりミラは癒し系だなあ。


「それじゃあ、このくじを引いて」


 俺は小さな紙片が束になったくじを差し出した。


「どれにしようかな……これ!」


 ミラが引いたくじは3等だ。

1等は巨大ロケット弾、2等は中型ロケット弾、3等は小型ロケット弾3個、4等は小型ロケット弾2個、5等は小型ロケット弾が1個だ。


「おめでとう、小型ロケット弾3個だよ。相変わらずいい引きをしているなあ」

「えへへ」


 嬉しそうに笑っているミラはかわいいけど、手に持っているのは必殺の武器だ。


「扱いには気を付けてね」

「大丈夫ですよ、マジックアイテムには慣れていますから。それにこれ、モンスターの魔力に反応して爆発するみたいです。だから人間が持っていても心配なさそうです」


 そうなのか! 

ミラの言葉で心の重荷が軽くなった。

ということは天秤棒にぶら下げたこいつが爆発するということもないわけだ。

俺は少しだけ安心して商売を続けられた。



 夕方。


「お兄さーん!」


 迷宮から帰ってきたメルルが俺に飛びついてきた。


「うわあ、な、何だよ?」


 抱きつかれて思わず動揺してしまう。


「パイナップルジュースのおかげで今日は最高だったよ! いつもより1000リム以上稼げたんじゃないかな。それからロケット弾! あれはヤバかったね」

「どうヤバかったの?」

「ドクトカゲが一発で吹き飛んだ! けっこう手ごわい相手なんだけどさ、今日は一撃だったよ。アタシも絶対くじを引く! 早く、早く!」


 メルルがくじを引いているとミラもやってきた。


「おかえり」

「ただいま戻りました。メルルはさっそくロケット弾のくじを引いているのですね」

「気合が入っているみたいだよ」

「ロケット弾は誰でも使えますからね。ベテラン冒険者が使う魔法ほどの威力はありませんが、実用性はバッチリでした」


 なるほど、新米の冒険者にとって50リムで買えるのならちょうどいいアイテムなのかもしれないな。


 メルルはじっくり選んでからくじを引き抜いた。


「ぐはっ、5等!」


 相変わらず引きの弱い子……。


「こんちは! 新しいアイテムが入荷したって聞いたんだけど」


 他の常連さんもやってきた。

後ろには小さな男の子もいる。


「いらっしゃい。君は初めてだね」

「うん、僕はポーターをやっているリガール。ここのお菓子は10リムでも買えるって聞いたから」

「そうだよ。この辺が10リムのお菓子だ」


 駄菓子屋はこういう子どものためにあるのだ。

お客さんも増えて店先は活気づいている。

その日は暗くなっても、なかなか閉店させてもらえなかった。




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