中傷 〈異世界ファンタジー〉

───ワープ成功。茶屋から二キロの所で徳川家康を捕まえた。


「やっと追いついた。松平支店長、もとい徳川家康さん、きっちり払ってもらいましょう! 銭を、銭をよこせ。いやお金を払って下さい、支店長」


 憑依したババアのお金に対する執着心はすごい。家康の乗っていた白馬の尾を掴んで離さない。私は馬に蹴られて死なないかハラハラしてしまった。


「分かったから、馬を離せ。ほら銭をやるで」家康が道にお金を放り投げる。もう日が暮れて真っ暗だ。どこにあるのか分からない。寒いし、暗いしでイライラする私。


「俺が拾うから安心して」肩の上にいたマサルが飛び降りて、小銭を拾い、ジャージのポケットにしまってくれた。


 マサルは私が姿を消したあと、シンヤ君に仁美先輩を助けに行って欲しいと頼まれたそうだ。小さいオジさんの姿のまま、1572年にタイムリープしたという。シンヤ君っていいとこあるよね。でも何か腑に落ちない。マサルに聞く。


「けどシンヤ君や白尾君、小粥君は何してるの? 助けてくれないの?」

「この様子をパソコン画面で見て笑ってるよ、きっと」と言ってピースサインをしている。知る人ぞ知る状態である。笑


  私も真似してピースサインをする。していると馬の蹄の音が聞こえてきた。


「家康様ー、只今忍びより知らせが入りました。敵が家康様を追ってこちらに向かっているそうです。本田忠勝様が殿しんがりを務めて逃してくださったその命、お守りください! 一刻も早く浜松城へ逃げて下さい!」


「うむ、分かった。参る!」家康は、いや松平支店長の声がうわずっている。怖いのかな。怖いよね。武田信玄といえば甲斐の虎だものね。最強騎馬軍団って恐れられてるよね。それにしても卑怯だな。


「家康、もとい松平支店長、恥ずかしくないんですか? 自分だけ助かりたいんだ、ふーん、仲間が討ち死にしてる中、逃げるんだぁ。相手は泣く子も黙る甲斐の虎ですものね。信長の犬に勝ち目はないですね。私、そういう所が大っ嫌いだったんですよね、きゃー、何? なんでー」


 家康の馬が走り出し、私の意思と関係なく、ババアがまた白馬の尾を握っているせいで、私の体が地面すれすれで浮いている。


「離しなさい、ババア。いや離したら死んじゃうよー、離すな!」


 馬は尾を掴まれパニックになったのか、加速する。死んじゃうよー!異世界で死んだらまたどっかに転生するの? 無限ループですか。


「仁美くん、静かにするずらよ。敵に聞こえる。近くの洞窟に一時避難するで」


 家康は敵が過ぎ去るまで洞窟に隠れると言い、洞窟に入ると、辺りを警戒しながら息をひそめる。ここらへんは農村らしい。静かだ。私も息を潜めた。


───なんか臭い。気のせいかな。洞窟内だものね。動物の死体とかあるかもしれない。けど、なんか違うよね、この匂い。肥溜めがそばにあるのかな。首に巻いていた手ぬぐいの匂いかもしれない。私は鼻を詰まんでいると、突然声がする。


「……誰かいるだか? 馬の尾が見えてるで」農民? 男の人が家康と知ってか知らずか教えてくれた。戦国時代って武士と農民の温度差が分からない。


「おお、これはかたじけない」家康はそう礼を言ってからまた馬に跨る。今度は私を馬に乗せてくれた。松平支店長ってこんなに優しかった? 


「ババア、また腹が減ったな」家康はお腹のあたりをおさえて空腹を訴える。さっき小豆餅を食べましたよね? 仕方がないので、近くの家で所望する。


「お侍さま、たくさん食べてくだされ」私と同じ腰の曲がったババア、もといお婆ちゃんが、お粥を出してくれた。私も頂く。ジジイがくれた入れ歯はジジイの手作りで前歯しかない物だった。あってもなくても同じだと外して頂く。


「仁美くん、ババアがさまになってるね。その大きなシミがチャームポイントだよ。君もいつか、いやもうすぐババアになっ、痛い!叩く事はないだろう」


 松平支店長ってほんと一言多い。マサルが竹刀で頭を叩いてくれた。


「あっ、どうしよう、家康様、そっ、そこに赤備えが見えました。武田軍に違いありません。お粥なんか食べてる場合じゃありません。早く浜松城へ」


 嘘をついてやった。嫌味ばかり言うから少しお灸をすえてあげる。大丈夫よね。天下人になる徳川家康だもの、このくらい。と思っていたら家康さまが顔面蒼白になる。そんなに怖かったのかしら、私はマサルと顔を見合わせて笑った。


 

 ───やっぱりさっきから臭い。家康さんの匂いかな。まさか!?



浜松城に逃げ帰る途中で悲劇は起きた。いやすでに起きていた。


私、聞いたことがあったよ。


けどそれは逸話だと思っていたんだ。


脱糞。


あまりの恐怖に徳川家康は敗走中に脱糞。


もう一度言うね。脱糞だー! 


私は松平支店長に仕返しをする機会を見つけてしまった。


『まきがなければ火は消え、中傷する人がいなければ言い争いは止む』26:20


これから、仁美はまきになる事にしました。

 














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