サルスベリという木を初めて意識して見たのは日本の真夏。それはずらりと並んだ都会の街路樹だった。暑さも最高潮の昼過ぎ、歩道を行く人影もない中、その木は日差しを物ともせず、まっすぐ天を目指していた。

そして花は目が痛いほどのピンク。陽炎（かげろう）に揺らめく道路沿いで、そこだけがくっきりと際立っていた。熱波にさらされ青息吐息だった私は、その凄まじい生命力に唖然としてしまう。

すごい種だと思った。けれど欲しいとは思わなかった。あまりにも強すぎて私の庭には似合わない、そう思ったのだ。すぐ後で、庭木の場合は趣のある小さいものが定番だと聞いたけれど、見る機会はなく、それっきりサルスベリのことは忘れてしまった。

ニューオーリンズの街角で再びこの木に出合った時、私はまじまじとそれを見た。あの街路樹とは違う。なんとも複雑な形に枝を伸ばし、大きさも２階の屋根に届くかどうか。日本の庭木もこんな感じなのだろうか。

しかし同じように湿度の高い夏の暑さも、ニューオーリンズはやはり独特だ。ねっとりとまとわりついてくる湿地の輪郭。その奥に呪術的気配が満ち満ちている。現実離れした何かがここにはあるのだ。物語めいたどこか歪な美しさ。あの日、派手すぎると感じたピンクさえも、フレンチクォーターの少しくすんだターコイズの壁に驚くほどマッチして、気が付けば私は何度もシャッターを切っていた。

英名はクレープ・マートル。ロングアイランドのご近所さんたちも庭木に選ぶ人が増えてきた。夏空の下、それは華やかで愛らしい。ニューオーリンズとは違う何か。まだまだ若木だからだろうが、都会的で小綺麗な住宅街には似合っていると思う。

けれど私は密かに思っているのだ。50年をゆうに超えた巨木もあるニューオーリンズ。濡れたようなシーツに辟易しながらも、テラスに揺れる妖艶な白や紫の陰で、沼地の先の濃く深い何かを想うのも悪くない。そんな白昼夢に抱かれるためだけに、わざわざフレンチクォーターを訪れる贅沢なんて、なんとも素敵じゃないだろうかと。