第15話 ルネサンス時間とは別にまずは彼女

恩師が組んだ2週間のイタリア旅行。ローマからミラノまで。なんらかの提案をしてくれたのだろう、スポンサーがついた旅は実に快適だった。小さいながらも貸切バス、もちろん専属ガイド付き。


そう、その人はとても有能なガイドだった。ほとばしる情熱と冷静さを兼ね備えた女性とでも言おうか。小柄ながらも自信に満ち溢れ、存在感が際立っていた。


一目見て思った。合わない。こういう強いタイプとはどうもウマが合わないのだ。それでも彼女が有能なことは間違いない。付かず離れず距離を保って楽しめばいいと思った。


しかし不思議なこともあるものだ。静謐なる礼拝堂、息をのむ神々しさのテンペラ画から始まって肉体美にあふれた美術館を堪能し、恋人たちのゴンドラの脇をすり抜けたら地元民に混じってリストランテで舌鼓を打つ。そうして北の街にたどり着く頃には彼女はなくてはならない人になっていた。


第一印象の下に隠された魅力、人とは奥深いものなのだ。とにかく、あけすけで飾らない人だった。もはやあっぱれ! その強さのベクトルが指し示す先には同意しかない。激しく納得することもしばしば。一緒の時間の濃厚さに目眩がしそうだった。


そして最後の夜、明日は決戦だと宣言する彼女に頷き、翌朝、眠い目をこすりながら早朝のショッピングアーケードに突撃。


いい、エスプレッソには砂糖は3杯よ。ブラックしか飲まない?ふん、つべこべ言わずにぐっと飲み干しなさい。気合いを入れて! さあ、行くわよ!


そこから大人なサロンでのお買い物。一人では決して入れない店の、奥でのやり取りをつぶさに見て学び、それをお手本にバッグとコートを注文すれば、著しく成長したような高揚感に満たされた。予想もしなかった最後の自由時間は、こうして見事に旅の終わりを飾った。


あの夏、それは憧れを詰め込んだ贅沢な時間だった。恩師に導かれてのルネサンス紀行。しかし、そんな記憶とは別に今も鮮やかに残り続けるもの。


白い霧の早朝。アーケード床の華麗なるモザイク画。エスプレッソの小さなカップ。それは……ミス・Kのいる時間。


とてつもなく幸せなサプライズだったと、あの日から遠くなった今日も思わずにはいられない。

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