第11話

 じっとりと湿った空気が飽和する森の中で、アキナは一人の亡骸を虚ろな目で見下ろしていた。


 アルヒは生命体でなくなった肉塊に寄ろうとはせず、ただ遠くから、じいっと眺めていた。


 「彼女がシミリィちゃん?」


 もうすぐ消えてしまいそうな程に透明感のある白い肌。もちもちとした彼女の頬っぺたは、まさに雪見だいふくといった感じだった。色素の薄い金髪も合わせて見ると、それはさながらきなこ餅のようだった。


 と、死人を見てきなこ餅を想起する不謹慎なアキナは、黄昏ているアルヒに確認をとった。


 アルヒは静かに首を小さく縦に振った。


 「記憶は、大丈夫なの?」


 「危ういかも、もうすぐ、消えちゃいそう」


 アルヒの記憶のなかでは、シミリィの姿が消えかけていた。もうすぐ、本当に透明になってしまう。


 「僕、忘れたくないなぁ…」


 アルヒは俯いてしまった。目に手を当てながら、その隙間から涙を溢しながら。


 森の中に恵風が吹き込み、多くの木々が揺れ動いた。枝と枝と、葉と葉が擦れ合う音だけが、森の中でざわめいていた。


 ざわめきは次第に大きく、そして頭の中でテレビの砂嵐のような音が聞こえた。


 その直後だった。


 「アキナ、シミリィに私の魔法を使ってください」


 森の何処かから、否、脳内の何処かから少女がアキナに向かって語りかけた。


 それにアキナは返答した。


 「誰よあなた」


 「私はフィーネ・イマジナル。あなたが着ているその身体の前魂ぜんこんよ」


 「あなたが《幻想メトニミー》フィーネ・イマジナル?」


 「ええそうよ、驚いた?」


 「いや、別に。むしろ安心したよ。それよりも、シミリィに魔法を使うってどういうこと」


 「私の魔法は《対象の魂を具現化させる》ことが出来る」


 「魂の、具現化?」


 「ええ。どんな生命体にも魂というものは存在して、身体はその魂によって動かされている。いわば蟷螂かまきりのようなものよ。私たちは人間という身体に寄生して、それを動かして生きている」


 「はぁ」


 「人と人が話すとき、それは魂と魂が話しているのと同じなの。人と話すというのは単なる比喩表現で、実際には魂と魂の会話なのよ。だから、魂の具現化さえすれば、また二人は話し合うことができる」


 「でも」


 「アルヒ君はきっと、最後にシミリィちゃんに伝えたいことがあるはず。悔いなく二人の関係を終わらしてあげたいとは思わない?」


 「それは思うけど、でも記憶を失くしちゃうんじゃ悔いとか関係ないんじゃ」


 「一度魂が傷つけば、それは忘れてしまおうと治らないものよ。それに、得体の知れない傷は気になって弄くってしまうのは、あなたもよく分かるでしょ」


 確かに、いつの間にか出来ていた瘡蓋を、好奇心から剥いだことは何度かあった。


 「早く、アルヒ君がシミリィちゃんを忘れる前に」


 「そんな急かさせれても、私魔法の使い方なんて」


 「大丈夫よ、ただこう唱えればいいだけ」


 そう言って、フィーネはアキナに魔法の使い方を伝授した。

 

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