第2話

 秋奈は、まさかもう一度目を覚ますと思っていなかった。


 ビルの屋上から真下のコンクリートの上へ、頭から落ちたのだ。頭蓋は砕け、そこから多量の血液が流れ出て、確実に死んだ筈だと、秋奈は不思議に思った。


 もし仮に、落下途中に体が横向きに、地面と平行になり背中から落ちたとしても、全身骨折と内臓の損傷で死んでいたに違いない。腹から落ちても同様だ。


 ではなぜ、自分は今起きているのか。意識があるのか。


 もしかして、落下地点に偶然にも落下の衝撃を抑えてくれるクッションのようなものがあったのではないか、そう思った。確かに、それならば今自分が生きていることにも説明がつく。


 しかし残念ながら、否、幸運ながら、彼女の落下地点に衝撃を和らげるクッションなどはなかった。彼女が落ちた場所には、ただ人がいたのだ。


 頭蓋と頭蓋がぶつかり合い、互いに割れた。


 しかし、彼女はそれに気付いていない。その為、彼女は自身の仮定を正とし、体を起こした。


 ふと、彼女に疑問が浮かんだ。たとえ落下地点に柔らかいクッションがあったとしても、まさかそれが衝撃の全てを吸収しただなんて思えない。多少なりとも身体にはダメージがあったはずだ。それなのに、今の自分の身体は健康そのもので、痛みなどは一切無い。走ろうと思えば走る事は可能だろうし、今ならトライアスロンも完走出来そうな程、万全な体調であった。


 「どういうことよ」


 そう呟いたとき、違和感を感じた。何か、違う。


 「一体、何が…あ」


 そして、気が付いた。


 自身の声が違うことに。


 声が違う、それに関しては風邪を引いた際や、カラオケで喉が枯れた際なんかにはよくあることだがそれとは違う。


 明らかに、百パーセント違うのだ。


 そして、その違和感を感じた直後に、もう一つ違和感を感じた。


 それは、自身がいる部屋。


 先ほどまでは病室の一室だろうと思っていたが、それにしてはどうも田舎の木造造りの民家のようなもので、病院とは言い難い感じだった。まぁ、そんな病院も日本のどこかには無いこともないだろうが、しかし自分がいた場所は日本が誇る大都市、東京都だ。まさかそんな所に、こんな古臭い病院がある筈がない。


 では一体ここは何処なのか、秋奈に疑問が浮かんだ。


 だが、彼女の疑問は考える前に、答え、とまではいかないが、予測までには辿り着いてしまった。


 それは、身体を起こした正面にある鏡を見た瞬間だった。


 「え」


 16年間見てきた自身の姿はそこに映らず、代わりに映ったのは、見ず知らずの可愛い女の子だった。


 「生まれ変わった、ってこと?」


 果たして本当にそんなことがあるのか?そして、一体何故生まれ変わるなら赤子からではなく、ある程度成長している少女なのか。もしかすると、誰かの身体を乗っ取ってしまったのではないか、とそんなことを考えていた。


 しかし、もし彼女の予測が正しいとするならば、彼女がこれから行う行動は、残虐とまで言える行為だった。


 「私、私じゃない、でも私なんだよね。何で、私は死にたかった、姿が変わったから何、声が変わったから何、私は生まれ変わりたかったんじゃない、消えて、無くなりたかった!」


 そう言い、秋奈は部屋に置いてあった木製の椅子で鏡を割り、飛び散った破片の中でも特に大きく鋭利な物を手に持ち、首筋に当てる。


 冷酷な殺意が、硝子を通して自分に伝わる。


 鏡の割れる音が聞こえたからか、この建物の所有者、もしくは秋奈が奪った身体の関係者かが、急いで秋奈のいる部屋の扉を開けた。


 「ルーメン!!!」


 入ってきたのは、大人の男女二人だった。


 ルーメン。それがこの子の、自分に身体を奪われた少女の名前なのだなと、秋奈は理解した。そして、きっと二人はルーメンの両親なのだろうと推測した。理由は単純で、ただ似ていたから。特に、母親が。


 しかし、だからと言って秋奈の殺意は、己に向けた殺意は止まらなかった。


 ルーメンの父親が、娘の行為を防ごうと走りだした瞬間、ルーメンの母親が、娘の狂った行動に泣き叫んだ瞬間、秋奈はルーメンの、自身の首を切り裂いた。


 鮮血が吹き出し、ルーメンの両親に降り注がれた。


 享年14歳、ルーメン・アンリー。


 彼女の両親は、彼女の亡骸を前に、ただ呆然としていた。





 首を切り裂いた数秒後、またしても秋奈は、目を覚ました。

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