第10話 岡山駅

午前6時27分、サンライズ出雲・瀬戸号は定刻通り岡山駅に到着した。僕は5時半に起床し、A寝台専用のシャワールームで汗を流していた。寝台特急サンライズには共用のシャワールームが完備されており、乗客は列車に乗りながら体を洗うことができる。ただし気を付けなければならない点が2点ある。それは、利用者数に制限が設けられていること、そして、水(お湯)を使える時間が6分に限られていることだ。幸いにもA寝台の乗客に関してはアメニティの中にシャワーカードが同封されており、シャワーを浴びる権利が確保されている。そのため、急ぐ必要はないが、シングルデラックス以外の個室に泊まっている乗客の間では、シャワーカード争奪戦が勃発する。湯量制限に関してはA寝台の乗客にも適用されるため、いつものペースでシャワーを浴びてしまうと、洗髪中にシャワータイムが終了してしまうという最悪の状況に見舞われる可能性がある。


僕は昨夜のうちに仕入れておいた缶コーヒーを飲みながら、ビデオカメラの用意をした。サンライズは岡山駅で出雲号と瀬戸号の切り離しを行う。このシーンは鉄道ファンにとって必見のシーンであり、鉄道系YouTuberなら確実に撮影する、言わばハイライトの1つだ。


僕は意気揚々と立ち上がると『よし、やるぞ』と心の中で気合いを入れた。しかし、ビデオカメラを手にした僕を一抹の不安が襲った。『またマッスルさんに出会ったらどうしよう。昨日のように罵倒されるのだろうか・・・』


僕は散々迷った挙句、覚悟を決めた。アリサからもらったサングラスをかけると、部屋のドアを開き、乗降扉へと向かった。


7両目と8両目の間には既に7人ほど鉄道ファンが集まっていた。僕は近くの階段を数段登った。人だかりが出来ているときは、階段を登って高みの見物をすることを昨夜のライブ配信でアリサから助言されていたからだ。集まった人々のなかにマッスルさんの姿はなかった。『おかしいな。もう何度も撮影しているはずだから今回は見送ったのだろうか。それとも姫路駅で降りたのだろうか』。そんなことを考えていると、離結作業が始まった。ビデオカメラを握る手に力が入る。まず前面扉が閉められる。つづいて、連結器が外れ、瀬戸号が静かに走り出していった。サンライズ瀬戸号は切り離し作業直後に出発するため、瀬戸号の乗客は切り離し作業を見学することはできない。『マッスルさんは瀬戸号に乗っていたのかもしれないな』。僕は勝手に納得すると、階段を降りてA寝台車へと向かった。


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