異能売りの少女

姫路 りしゅう

第1話 異能売りの少女

「異能、いりませんかぁ。異能はいりませんかぁ!」

 しとしとと雪の降る中、少女の叫び声が街に反響する。

 石造りの建物が立ち並ぶ閑静な住宅街には、あちこちから夕飯の匂いが漂ってきていて、少女の鼻をかすめていった。

 赤いフードからまだあどけない顔立ちが覗く。その顔には悲しそうな、それでいて何かを悟ったような表情が浮かんでいた。

 やっぱり、こんな売り方だと誰も買ってくれないっすよね、と少女は思う。

 かといって、他にいい売り方は思いつかなかった。

 異能販売は競合他社のいない業界だったが、そこに需要があるかどうかはまた別の話だった。

 需要のないブルーオーシャンってもはや腐海っすよ。

 少女は、「まだ誰もやったことがないことは、思いついたうえでやっていないだけなのである」という言葉を思い出した。

 売れない原因はわかっている。

 現代社会において、異能とは忌避されるべき存在であり、言葉に出すことさえ不謹慎とされているものだからだ。

 異能とは、五十年ほど前から人類に発現しだした超常的な特殊能力のことである。そして現在は人類のほぼ全員に備わっている。

 風よりも速く走る能力。

 触れずとも物を動かす能力。

 手から電撃を放つ能力。

 それらは指紋と同じく、世界に二つ同じものは存在しないと言われており、それゆえに人々は異能を恐れた。

 仕方のないことでもある。

 隣の人が、目が合うだけで相手を死に至らせる異能を持っている可能性があるのだ。

 その結果人類は、かつての女性の月のもの以上に異能をタブーとして扱い、発動はもちろん言及することすら不謹慎とした。

 腕を組みながら歩く男女のカップルが少女の前を通る。

「あっ」

「ん? なになに、どうしたの?」

 雪の中立ち尽くす少女を見て憐れに思ったのか、人のよさそうな女性が少女の前でしゃがみ込んで目線の高さを合わせた。

「あっ、あの、異能っす。異能を買いませんか?」

 しかしそれを聞いた瞬間女性の表情が豹変した。

「ナオ君、行こ」

 ぐい、と腕を引っ張ってカップルは去っていった。

 わかり切った結果ではあった。

 異能がひとつ自分に宿っていることすら許されざることなのだ。二つ目の異能を好き好んで貰い受ける輩がいるとも思えない。

それでも少女は、異能を売るしか能がなかった。

「さてさて、まだ今日は長いんだから。がんばるっすよ」

 彼女が俯いていたのは一瞬のことで、すぐに前を向いて声を張り上げた。

「異能は、異能はいりませんかぁ!」

 少女は目を擦るついでにフードをぱたぱたと振って、降り積もった雪を払い落とす。

 ふわり、と赤く短い髪の毛が覗いた。

 真っ白な肌と対照的な赤い髪だった。

 そこから数時間、彼女は無視され、罵倒され続けた。

「あー、売れないっすねー」

 異能売りの少女。

 巷でそう呼ばれる彼女は、明日も明後日も声を張り上げる。

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