黒猫の情報屋


 ──知りたいことを知りたければ、黒猫を探すといい。


 求める情報について記した紙を黒猫に渡せば、一週間以内に情報を届けに来てくれる。

 代金は知らない内に回収されており、途中でキャンセルしても、それまでに掛かった調査費をいつの間にかとられている。


 いつの頃からか囁かれるようになった、都市伝説『黒猫の情報屋』。


 大半は与太話として楽しむだけだが、血眼になって黒猫を探す者や、軽いノリで黒猫に紙をくわえさせる者もいたりする。

 どんな小さなことでも、くだらないことでも、関係なく。


 ──黒猫はどこにだって、入り込むことができるのだから。


◆◆◆


 ゆっくりとした足取りで、薄暗い路地裏の奥へと進んでいく人影が一つ。

 どこもかしこも黒尽くめの、小柄な人物。

 サイズが大きすぎてもはやワンピースになっている黒いパーカー。付属のフードを目深に被っているものの、小ぶりな赤い唇だけが露わになり、黒く長い髪の毛のいくつかが溢れている。

 大きい故に長すぎる袖を肘の辺りまで捲っており、ほっそりとした腕の先は、腹に付いたポケットの中へと消えていた。

 パーカーの下には黒のタイツかレギンスを履いているようで、転びそうなほどに大きなリボンの付いた黒いショートブーツは、歩くたびに小気味良い音を奏でる。

 丸まった背は何かを探しているのか、それともその人物の癖なのか。


「三号、四号」


 少し低めの少女の声が、その人物から発せられ──どこからともなく黒猫が二匹、前方に現れる。

 行儀良くしゃがむ二匹の正面で足を止め、彼女は腹のポケットから何かを取り出し、足元に置く。

 適当に掴んだと思しき、数匹の煮干し。

 黒猫達は動かず、じっと彼女を見つめる。

「■■さんの件、どうなった?」

「……ぷー」

「ぷにー」

 まるで彼女の問い掛けに、答えているかのようだった。

 猫の鳴き声とは、果たしてこうであったか? ──それは別にどうでもいいこと。

「ぷに、ぷにぷにぷに」

「ぷにっぷー」

「……番号はそれで合ってるのね?」

「ぷにぃ!」

「じゃあ……」

 腹のポケットにまた手を突っ込み、何かを取り出す。

 掌サイズのメモ帳と、安物のボールペン。

 何かをさらさらと記していき、終わると切り取って二つに折り、右側にいた黒猫の前に差し出す。

「四号、今回のは暗証番号だから、いつも以上に落とさないよう気を付けて。報酬もちゃんと貰ってくるんだよ。踏み倒す素振りがあったら攻撃していいから」

「ぷにっ!」

 威勢良く返事をすると、黒猫もとい四号は足元の煮干しに勢い良く食らい付き、一分経つか経たないかのタイミングで、差し出された紙をくわえ、どこかへ走り去ってしまった。

 残された黒猫もとい三号は、しゃがんだまま。

「五号の調子は?」

「……ぷにぃ」

「先週死にかけたとは思えない回復ぶりね。それなら明日、顔を出すよう言っといて。とってきてもらいたい物があるの」

「ぷー!」

「それとね、昨日話した感じ、六号の進捗状況があんまり良くないみたいだから、三号には六号のサポートに行ってほしい」

「ぷっ!」

 元気良く返事をし、三号は足元の煮干しに食らい付く。四号と違いゆっくり味わうと、ぺこりとお辞儀をして、どこかへ行ってしまった。

「……」

 そして彼女は、歩き出す。

 背を丸めて、前へ前へと。


◆◆◆


 ──黒蜜夜花は物心ついた頃から、黒猫のみと意思の疎通ができた。

 他の猫だと何を言っているかさっぱり分からないが、黒猫だと頭の中で自動翻訳され、自分の言ったことも、黒猫にきちんと伝わっているようだった。

 暇さえあれば会話していく中で、黒猫達が色々なことを知ったり、見たりしていることに気付いた。

 誰かと誰かの密会や、誰かが何かを隠そうとしていることなど、色々と。

 幼かった夜花も女子高生になり、バイトを許されたことや、好きなアニメに出てきた情報屋に心惹かれたことから、それを仕事にしてみようと思い──今に至る。


◆◆◆


「一号、二号」

 少し歩いてからそう口にすると、音もなく前方に二匹の黒猫が現れ、しゃがみこむ。

「依頼……ないようだね」

 口に何もくわえていないことから、彼女、もとい夜花はそう判断した。

 ちょっと待っててと言いながらしゃがみこみ、腹ポケットを探り、何かを取り出す。

 煮干し、ではなく、缶詰。『鮪、ただし猫向け』と、表面ぎりぎりまで大きく書かれている。

 蓋を開けて地面に置くと、また腹ポケットに手を入れ、今度は紙皿を出し、缶詰の中身を皿にあける。

「六号のサポートには三号に行ってもらったから大丈夫。それ食べたら、今日はもうゆっくりしていいから」

「ぷぅ」

「他の子達の分もあるよ、気にしないで食べて」

「ぷに」

 そして二匹の黒猫は、互いのことを気にしながら、同じ皿の鮪をもそもそと食べていく。

 夜花は目を細めながら、黒猫達が食べ終えるのを待っていた。


 黒猫の情報屋とは、一人のことを、一匹のことを指すものではない。

 黒猫と意思の疎通ができる黒蜜夜花と、二十を越える黒い──野良猫・地域猫・看板猫・家猫達によって構成された、一つの組織。


 ──気付いた時には都市伝説。

 それなりに彼女、いや彼女達は、楽しくやっているようだ。

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