第2話 弟子

デーレスまではあと少し。

武器商人を除いて、通る人を見かけることは稀だった。

まあ、常識的に考えて戦地に赴くなんて、傭兵か武器商人かだろう。

そんなことを考えていたら、村が見えてきた。

こんなところに村があるとは知らなかった。

野宿をしなくて済むのだから、ありがたい。

私は村に入り、宿を探す。


「君、料理人か?」


若い男に声を掛けられた。

料理人?

パーティーに調理ができる人間がいないから探しているのか?

武器や身に着ける防具が高級品だ。

高い魔力を感じる。

追剝欲を我慢しつつ、対応する。


「見て分かりませんか?」


「そうだよね。フライパンを持ってるんだから料理……」


「フライパン使いに決まっているじゃないですか!」


「フライパン使い? ちょっと聞き慣れない職業なんだけど……少し覗かせてもらっていいかな?」


「変態宣言ですか? 公衆の面前で何を言ってるのですか? 怖いんですけど……」


流石の私もドン引きだ。


「違う! そうじゃない。職業を見せてもらうだけだから」


こいつ、変態のくせに看破のスキル持ちか?

看破は相手のスキルや職業、レベルを覗くことができるスキルだ。

とは言っても、隠蔽というスキルを持っていれば、自由にスキルを隠すこともできる。

看破と隠蔽がぶつかるときは実力が高い方が優先される。


「透視の間違いでは?」


「いや、しないから! あ、本当にフライパン使いだ でもカッコ書き? 教祖? ……君はいったい何者なんだ?」


「私急いでるんですけど、これ以上はお金をとりますよ? じゃあ」


「あ、ちょっと」


私は宿らしき建物に駆け込み、一晩の部屋を借りた。

宿の主人によるとあの変態は勇者だったようだ。

なぜ、こんなところに勇者がいるのかは知らないけど、関わると面倒なことになるのは間違いなさそうなので、可能な限り避けることにした。




翌朝、変態に会わないように、急いで村を出発した。

そして、3時間ほどでデーレスの近くまで到着した。

デーレスはゾルジ一族が治めている。

この一族はダーバラを本拠地とするアンガー一族と抗争をしていて、他にも近隣の小都市と紛争を続けている。

ここら辺は通行料が高いので、デーレスには入らず、近くの村に泊まろうと思う。

街道から外れ、小さな脇道へ行く。

農村らしきものを発見した。

大声が聞こえる。

近づいていくと分かった。

略奪のようだ。

残念なことに、盗賊のほとんどは引き上げたようだ。


「おいおい、女が一人で、のこのこと帰ってきたぜ~」


「捕まえるぞ」


私は腰のホルダーからフライパンを抜く。


「フライパン?」


私はフライパンに祈りをささげる。


「おいおい、そのフライパンで俺らをどうするつもりだ~」


盗賊2人が近づいてくる。

間合いに入った。

フライパンによる強打で2人を一瞬で沈める。

気絶している二人を引きずり、村の入り口に捨てる。

そして、穴を掘って生き埋めにする。

もちろん、空気が吸えるように鼻から上のみが地上に出るようにした。

私の慈悲深さに感動したのか、白目をむいている。

口は地面に埋まっているので、口呼吸の人はあきらめてもらうしかない。

土木作業を終えて、村の中に入る。

ほとんどの家が入り口を壊されている。

倉庫らしき建物も扉が壊されていた。

中を覗くと、空っぽだった。

ふと、人の気配がした。

近くの家か?

村の中を歩き回り、探る。

この家か。


「お邪魔します」


やはり、一人隠れている。

家の中へ侵入していくと、少女がナイフを構えていた。


「最新のお出迎えですか? 斬新ですね」


少女のナイフを持つ手は震えている。


「来ないで!!」


少女は何やら叫んでいる。

私は近くの椅子を引き寄せ、座った。


「お茶はまだですか?」


「お母さんとお父さんをどこにやったの?」


「ここは客にお茶も出ないの?」


「ちゃんと会話してよ!! 何で勝手にくつろごうとしているの?」


足音が近づく。


「おいおい、まだ生き残りがいたようだな。姉ちゃん、ちょっと来てもらおうか」


男が後ろから私の肩を掴む。


「汚い手で触らないでくれますか?」


手を掴み、限界まで力を籠める。

骨がきしむ音がした。


「ギャー」


男は痛みでのたうち回る。

そこにフライパンで一撃を入れる。


「グホッ」


男は動かなくなった。


「もう少しマシな悲鳴はないのでしょうか?」


「お姉ちゃん、ゾルジの手下じゃないの?」


「ゾルジ? 私と何の関係もない人ですね。この村に何があったか聞いても?」


少女がコクンとうなずく。


「ちょっと待って頂いてもいいですか。足元で寝ている人と外で寝ている人を処理してくるので」


「え? 処理って何するの?」


私は返答せず、足元で寝ている男の腕を掴み、倉庫まで引きずる。

倉庫までの道のりで何回か段差があったため、頭をかなり強打してしまったようだ。

何回か目覚めてはそのたびに気絶していた。

村の入り口に置いておいた男たちも掘り返して倉庫に運んだ。

掘り返す途中で何回か強く当たってしまったようで、その度に気絶と覚醒を繰り返していた。

寝ている男たちを叩き起こし、フライパンで頭に直接、信仰心を植え付けた。


「教祖様、俺はどうすれば……」


「ゾルジの情報を集めなさい。私はここにいます」


「ありがたや、ありがたや」


男たちは泣きながら私を拝めている。

私は男たちが村から出て行ったことを確認して、少女の下へ戻った。


「お姉ちゃん、あの人を殺したの?」


「改宗しました」


「改宗?」


「私、フライパン教の教祖なんです」


「お姉ちゃんが何言ってるのか分からないよ」


「そんなことより、この村で何があったか教えてもらえますか?」


「……うん。分かった。お姉ちゃんはここの支配者が誰か知ってる?」


「ゾルジ一族ですよね?」


「ゾルジが戦争するために食料が必要だって言ってきて、1か月前の戦争の時も食料渡したばかりだから、もう渡せるものはないって村長が言ったら、兵隊が怒って、村を荒らしたり、村の皆を殺したりしてきたの」


少女は兵士が村人を殺したと言っているけど、死体がほとんど見つからないあたり、人攫いがメインだったのかもしれない。


「あなたは襲われなかったんですか?」


「お母さんに、隠れてなさいって言われてたから」


「よく無事だったですね。これからどうするんですか?」


「これから?」


「ここで生活するのは無理だと思いますよ?」


「お姉ちゃん、助けてくれないの?」


「え?」


「え?」


「何で私が救わないといけないんですか? あなたに投資したら、いくらのリターンがあるか具体的に提示できるのなら考えますけど……」


「お姉ちゃん、よく人でなしって言われない?」


「初めて言われました。心が傷つきかけました。慰謝料を請求していいですか? そもそも、私にネガティブな印象を持つ人はフライパンで仲良くなるか、もしくはそのまま永遠の眠りにつくことになりますから」


「少し離れてもらっていいですか?」


「まあ、私も鬼ではありません。助けてほしいのなら仕方ないですね。では、入信です。今なら、私の一番弟子のポジションが空いています」


「(すごい、こんなに嬉しくない申し出は初めて。だけど、これも生活のため。死ぬよりはマシだ。死ぬよりはマシだ。死ぬよりはマシだ)……弟子入りさせて下さい」


「ねえ? 今、失礼なことを考えてなかった?」


「そんなことないです」


「なら、いいけど。おめでとう。これであなたも栄えあるフライパン教徒です。まずはフライパンを選ばないとですね」


「お姉ちゃんの名前を教えてもらっていい?」


「師匠と呼びなさい。弟子の分際で、何、偉そうに名前を尋ねているの? それに、自分から名乗るのが礼儀ってもんでしょ」


「……イラリア・クローチェです」


「ジーナ・ネビオロ。フライパン教の教祖、兼伝道師です。まず、キッチンに行きましょうか。あなたのフライパンを探さないと」




キッチンに移動した。

あまり大したフライパンはないが、仕方がない。


「さあ、好きなのを選んで?」


「あの、ここ私の家ですよ?」


「選び終えましたか? これ以上待たせると時給が発生しますよ?」


「じゃあ、これを」


イラリアは底が浅いフライパンを手に取った。

私はビンタしようとしたが、頑張って耐えた。


「舐めてるんですか? こんな浅いフライパンじゃ、水を沸かせないですよね。水を飲むためには煮沸が何よりも重要です。それに、この深さでは穴を掘るのに時間がかかってしまいます」


「フライパンって調理器具……」


「何もわかってないですね。フライパンはこの世で最も優れた道具なんですよ。武器にもなるし、重りにもなる、水もわかせる。穴だって掘れるんですよ。食べれば飢えだってしのげます」


「え? 食べるって、何? フライパンを食べるなんて正気なの?」


「最初はおなかを壊すかもしれないけど、慣れれば大丈夫です」


「師匠、絶対にそれは慣れちゃいけないと思う」


「そんなことよりも、早く選びなさい」


「じゃあ、これを……」


イラリアはそう言って底が深いフライパンを手に取る。


「じゃあ、明日からは礼拝と戦闘訓練ですね」

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