第34話 デート(8)結末

「桜木くんは、私の事が好きなの?」

「好きですよ! だから言ってるじゃないですか。ずっと好きでした。三年離れてましたけど、全然忘れられませんでした。大好きです。超好きです。昔先輩が好き好き言われるのは嫌だって言ってたから、俺言うの我慢してましたけど、会うたびに思ってました」


 好きだと言われるのが嫌だと言った覚えはない。が、桜木が言うのなら、きっとどこかで言ったのだろう。


「今日待ち合わせの時に先輩を見たときの俺の気持ち分かります? 心臓を軽く二、三個打ち抜かれましたからね? 今日何でそんなに可愛いんですか! 俺を殺す気なんですか!?」


 逆ギレされた。


「私、可愛いってキャラじゃないと思うんだけど」

「可愛いですよ! 仕事ではハキハキしてて超格好いいのに、人と話すのが苦手な所とか、ふとした瞬間に見せる可愛いさのギャップが最高です。親しくなった人にしか心を許さないところも超萌えます。今日はずっと可愛くてそれも最高でした」


 桜木が両手で顔を覆う。


「今日は先輩とデートできて一日中マジ幸せで、ずっと気持ちがふわふわしてて天国にいるような気分でした。手繋いでたから、俺たち周りからカップルだと思われてるのかなー、なんて想像して。先輩が俺のスプーンからアイス食べてくれたときは、顔がにやけるの我慢するのが大変でした。あと、白状するとプラネタリウム、半分くらい覚えてないです。調子に乗って恋人繋ぎしたら意識全部持ってかれました。どきどきしててそれどころじゃなかったです」


 早苗と同じだった。


「先輩魚見てる時もご飯食べてる時も全部可愛くて、喜んでくれるのめちゃくちゃ嬉しくて、プラン考えた自分グッジョブって思ってました。先輩は可愛いです。超可愛いです」


 早苗はその桜木の言う「超可愛い」に聞き覚えがあった。


「桜木くんって、私の寝顔の写真って持ってたりする?」

「も、持ってないですけど……?」


 桜木が目を彷徨さまよわせる。


「そっか。じゃあ可愛い彼女の寝顔って、私のことじゃなかったんだ……」

「持ってます! 先輩のです! で、でもっ、一枚だけですし、布団はちゃんとかかってて、エロいヤツではないですよ!? 先輩に会えない時の俺のやしで――はい! すみません! 気持ち悪いですよね! 消します!」


 桜木は鞄の中に手を伸ばしてスマホを取る。


「消さなくてもいいけど……」

「いいんですか!?」

「うん」

「ホーム画面にしてもいいですか?」

「それは駄目」


 ですよね、と桜木がスマホを鞄の中に放り投げた。


「あのね、桜木くん」 


 早苗が桜木の腕を引っ張って、自分の方へと向ける。


 その真剣な様子に桜木はあせった。


「ちょ、ちょっと待ってもらえますか。改めて振られるにしても一旦心の準備をさせてください。俺、今これ以上ダメージったら死ぬかもしれない」


 早苗は制止を無視して桜木の顔に手を添え、ちゅっとキスをした。


「え?」


 桜木が目を見開いて固まった。


「私もね、桜木くんのことが好きだよ」

「え?」

「だからセフレは嫌だったの」

「え?」

「桜木くんも私のことが好きなら、付き合おうか」

「え? え?」

「だからね、私たち両想いなら――」

「ストーップ!」


 桜木が早苗の口を両手で押さえて止める。


「ちょっと待って下さい。脳みその許容量をオーバーしました。CPU使用率が一〇〇パーセントで張り付いてます。少し落ち着きましょう」

「私は落ち着いてるよ?」


 胸に手を当てて大きく深呼吸をしたあと、桜木が口を開く。


「先輩が俺のことを好きだって言いました?」

「言った」

「後輩としてとか、人として好きだとかではなく?」

「後輩としても人としても好きだけど、それだけではないかな」

「もう一度先輩からキスしてもらえますか」

「いいよ」

「っ!」


 早苗がちゅっと口づけをすると、桜木は顔を真っ赤にしてうつむいた。耳どころか首まで赤くしていた。


「桜木くん?」

「……て下さい」

「ごめん、聞こえなかった。何?」


 聞き返すと、桜木がぱっと顔を上げて、早苗の両腕をつかむ。


「俺と結婚して下さい!」

「え!?」


 けっ、こん……?


「あ、すみません、つい本音が……。えーっと、結婚を前提に俺とお付き合いして下さい。いや、これも贅沢ぜいたくか? 俺を彼氏にして下さい、かな……?」


 大混乱している桜木を見て、早苗はくすくすと笑った。


「結婚はすぐには考えられないから、まずはお付き合いからね。それでよければ、よろしくお願いします」

「本当に俺の彼女になってくれるんですか?」

「はい」

「セフレじゃなくて?」

「セフレがいい?」


 ぶんぶん、と桜木が首を振る。


 そして、早苗をぎゅーっと抱きしめた。


「俺、超嬉しいです。感動して泣きそう」


 そう言う桜木の声は、すでに涙声だった。


「でも今までも付き合ってると思ってたんでしょ?」

「そうだけど、先輩……じゃなかった、早苗さんから好きだって言ってもらったことなかったし、キスしてもらったのも初めてで」

「先輩でもいいよ」

「いいえ。早苗さんは俺の彼女なんで」


 そういうものなのか。


「じゃあ、私も名前で呼ぼうかな」


 さっき、俺の名前を呼んでくれない、としょんぼりしていたので、桜木は名前で呼んで欲しいのだろう。


 パッと桜木が顔を上げる。


「呼び捨てでお願いします!」


 何かこだわりがあるのだろうか。


遙人はると?」

「っ!」


 桜木が両手で顔を覆った。


「また心臓が一個破裂しました……」

「何言ってるの」

「ちなみに、さっきの早苗さんのキスでも一個ずつ破裂してます」


 早苗が笑うと、桜木が眉を下げた。


「俺超カッコ悪い。こんなところ見せるつもりじゃなかったのに」

「でもなんか、完璧すぎなくて、ちょっと安心する」

「早苗さんの前ではかっこつけてたかったです……」

「大丈夫。ちゃんとかっこいいから。言われ慣れてると思うけど」

「早苗さんにそう思ってもらうのが大事なんです。すげぇ嬉しいです。俺、早苗さんにだけかっこいいって思ってもらえたらそれでいい」


 桜木が早苗を抱きしめた。


「もしかして、バーでウィスキー飲んでたらかっこいいからって言ってたのもそれなの?」

「そうです。早苗さんにかっこいいって思われたかったんです」


 ねたように言って、早苗の首にちゅっと口づける。そのまま顔や首にキスの雨を降らせた。


 そして、早苗に熱い視線を向ける。


「早苗さん、さっきの続き、いいですか?」

「さっきのって?」


 その問いには答えずに、桜木は早苗の口にキスをした。


「ん……」


 すぐに舌が侵入してくる。


「ん……んんっ」

「早苗さん……はぁっ、早苗さん……んっ、んっ」

 

 桜木が早苗の名前を呼びながら、何度も角度を変えてキスをする。


 ぴちゃぴちゃと互いの唾液だえきが混ざる音がした。


「やばい……両想いだって分かったらっ、興奮が止まらない……っ。早苗さんっ、もっと舌出して……」

「んんっ、桜木く、ん……も、ちょっとっ、ゆっくり……っ」

「名前で呼んで」

「遙人っ……んっ」

「……駄目だ、もう我慢できないっ」


 桜木は早苗をベッドに押し倒した。その手がスカートのすそから中に侵入する。


「え、やっ、そんないきなり……っ」

「すみません。今日、優しくできないかもしれないです」

「待って――」


 早苗の口は、桜木の口にふさがれた。

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