第30話 デート(4)プラネタリウム

 カフェでゆっくりしたあと、向かったのはプラネタリウムだった。


 水族館にプラネタリウムとは、なかなか密なスケジュールである。


「午前中はずっと立ってるから、座ってられるものにしました。映画にしようかとも思ったんですけど、早苗さんの観たいのがわからなかったんで。映画だとどれにするか決めて予約しないといけないから」


 入場券を買ったあと、開場するのを待ちながら桜木が言う。


「私、プラネタリウム好きだよ」


 暗い中、しっとりとしたアナウンスを聞きながら星空を見ていると、身も心もリラックスできて、疲れが取れる。


 今回は内容に合わせた香りも流れてくるというプログラムなので、より癒やし効果は高いだろう。とても楽しみだ。


「ですよね。知ってました」

「えぇ? それも知ってるの?」


 個人情報ダダ漏れじゃないか、と早苗は眉を下げる。


「色々聞きましたからね。久保さんとどこどこに行った~とか、一人で何をしたとか」

「そうだっけ?」


 トレーナーだったとき、日々たわいのない雑談をしていたのは覚えているのだが、そんなことまで話しただろうか。


「桜木くんのことは、ゲーム好きだってことしか知らないかも」

「まあ、俺は基本的に引きこもりですからね」

「今も?」

「今も」


 嘘だぁ。


 早苗は疑いの目で桜木を見上げた。


 こんなに色々とデートスポットを知っているのに、引きこもりな訳がない。


「早苗さんも、引きこもりタイプですよね」

「そうだね。家でのんびりしながら映画観てるとかの方が好きだな。映画館で見るのはそれはそれで迫力があって好きだけど、家で観るのはまた別の良さがあるよね」


 最近はDVDを借りに行かなくても、オンデマンドで映画が観られるから楽だ。新作でも数百円払うだけでいいのがとてもいい。


「今度、うちで一緒に映画観ましょうよ」


 何気なく言われた桜木の言葉に、ずしっと心が重くなった。


 どうしてそういう事を言うんだろう。彼女がいるくせに。


 早苗は今日桜木にちゃんと別れを告げる気でいるのだ。


 もう二度と桜木の家に行くことはない。


 浮ついていた気持ちが、一気に冷えた。


「あー、うん、考えとく」


 なんとも答えにくくて、早苗は曖昧あいまいに言葉をにごした。


「早苗さん、俺――」


 桜木が何かを言いかけたが、ちょうど開場の合図が鳴って、その先を聞くことはなかった。




 プラネタリウムの座席は、自由席であることが多い。


 映画のように座席番号があるのではなく、入場したら好きな席に座る。


 よく見える席をとろうと、我先にと向かう客が多い中、桜木はゆっくりと歩いた。


「ここです」


 他の席は全て一人がけなのに、目の前の席は二人がけのソファになっていた。あらかじめ背もたれが倒れている。


「この席だけは予約できるんです」


 桜木は得意げだ。


 確かに、背もたれには大きく「予約席」と書いてあって、他の客が間違えて座らないようになっていた。


 プラネタリウムで予約ができる席があるとは。というか、カップル席があることさえ知らなかった。


 先に座った桜木が、その横をぽんぽんと叩いて早苗を呼んだ。


 早苗がそこに腰を下ろす。


 こぶし一つ分の隙間をけて座ったのに、桜木はその隙間をめてきた。


 肩が触れ、腰と太股ふとももも触れあう。


 触れたところから桜木の体温が伝わってきて、どきどきした。


 桜木は早苗がひざの上に置いた手に手を伸ばし、当然のように繋いできた。すりっと親指をこすられて、心臓が跳ねる。


 アナウンスが流れて、会場の明かりがゆっくりと落ちていく。


 すると、繋いでいた桜木の手が動き、手をつなぎ直した。早苗と指を絡める恋人つなぎだった。


 うわー、うわー、うわー。


 心臓の音がうるさい。


 見上げるドームには星が浮かび上がってきたが、早苗はそれどころではなかった。


 普通に繋ぐよりも、手の無骨ぶこつさや大きさが感じられて、桜木が男性なのだということを強く意識してしまう。


 さっきまではしゃいでいた落差なのか、暗い中で静かに桜木の横に座っているのが、なぜだかすごく恥ずかしい。


 落ち着いた声のナレーションが始まっても、早苗の心臓は鳴り止まなかった。




「綺麗でしたね」

「うん、そうだね……」


 上映が終わって体を起こした桜木に、早苗は薄く笑って答えた。


 今夜の星空の紹介があって、季節の星の話があって、その後はストーリー仕立ての映像が流れたはずなのだが、早苗はほとんど覚えていなかった。


 プラネタリウムに集中しかけると、桜木が思い出したように手をぎゅっと握ってくるので、それどころではなかったのだ。


「リラックスできました?」


 できるわけないじゃん!?


 内容に合わせた香りも流れてくるというプログラムだったが、そんなものがあったのかさえもわからない。


「つ、次、どこ行こうか?」


 まだ手を繋いでいたことに気がついて、早苗は振りほどいて立ち上がった。


「あ……」


 一瞬、桜木が悲しそうな顔をする。


「さっき言ってたソフトクリーム屋さんはどうですか? お腹すいてたら、ですけど」

「いいね、行こう!」


 出口に向かって歩き出すと、桜木がまた手を繋いでこようとしたが、早苗は鞄を左手から右手に持ち替えて、桜木の手をブロックした。




 ソフトクリーム屋は人気店らしく、ずいぶん並ぶことになった。


 桜木は早苗の足が痛くなっていないか気遣ってくれたが、普段履いているパンプスと同じくらいの高さのサンダルだったので、全然平気だった。


「このソフトクリームすごく美味しい!」


 ようやくありつけたソフトクリームは並んだ甲斐かいがあるだけの味で、ミルクの味が前面に出ていてとても美味しかった。


 早苗はプラスチックのスプーンですくって口に入れては、んん~~、っと喜びの声を上げる。


「俺のも食べますか?」

「食べる!」


 早苗のはバニラ味、桜木のはチョコレート味だ。


 バニラ味が一番人気だったが、美味しいチョコを使っているということで、チョコレート味も食べてみたかった。


 ミックスがメニューになくて、どっちにしようかとても迷った。


 早苗はスプーンを構えて桜木がコーンを向けてくるのを待った。


 が、桜木が差し出したのは、アイスをすくったスプーンだった。


「はい、どうぞ」

「え」


 これはいわゆる「あーん」というヤツではないだろうか。


 早苗は一瞬迷ったが、アイスの誘惑には勝てず、ぱくりとスプーンに食いついた。


 お、美味しい……。


 チョコレートの香りがなんとも言えない。確かにこれは美味しい。


「もう一口どうですか?」


 またスプーンが差し出されたので、早苗はもう一口頂いた。


「俺にも下さい」

「はい」


 言われた早苗は当然のようにアイスを向けた。


 残念そうな顔をして、桜木が自分のスプーンで早苗のアイスをすくった。


「美味しい?」

「美味しいです、けど……」


 桜木は不満げにしていたが、早苗はそれには気がつかなかった。

 



 その後、夕食まで予定がないということで、二人はその辺をぶらぶらすることにした。


 普段買い物はあまりしない早苗でも、桜木と一緒にウィンドウショッピングをするのは楽しかった。


「早苗さん、普段はそういう可愛い系の服なんですか?」


 女性物の服売り場を眺めながら歩いていると、ふいに桜木が聞いてきた。


「可愛い系が好きなの?」

「そうですね……可愛いの、結構好きです」

「へぇ」


 桜木は照れたように言った。


 そうだよね、真奈美さん、可愛い系だもんね。


「私は、あんまりこういうのは着ないかな」

「そうなんですか? 似合うのに」

「ふふ、ありがと」


 早苗は作り笑顔を向けた。

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