元お飾り王妃は考えをまとめる
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(……どうしよう)
その日の夜。
私は一人自室にて考え込んでおりました。
何を、と問われればなんと返せばいいかがいまいちよく分かりません。しかし、言えることはただ一つ。
――私は、ほんの少し裏社会に足を踏み入れてしまった。
ということでしょうか。
「……裏社会」
今まで、全く縁のなかったもの。むしろ、存在さえあまり知らなかったもの。それをたった一日で、知ってしまった。足を少しばかり、踏み入れてしまいました。
グレーニング侯爵家がその裏社会を牛耳っている貴族の片方だということ。それを知ってしまった以上、きっともう引き返せはしない。
それに、そもそも今の私じゃシリル様の役には立てない。それを、今日実感した。だから、私がいまするべきこと。
それは――……。
「……もっと、強くなりたい」
もっと魔法を極めて、もっと戦えるようになるということ。
お荷物にならないくらいには、強くなりたい。ブラッド様は剣術も魔法も超一流だと聞いております。正直にいえば、私は魔法の実技は苦手です。それでも、特進クラスに在籍出来ているのは、座学の成績がいいため。
ヴェッセル王国の貴族は自ら好き好んで魔法を使うことはしません。そのため、成績に実技はそこまで影響しなかったりします。でも、これからはそう言うわけにはいかないでしょう。誰かに守ってもらうばかりじゃ、ダメなのです。
「ちょっとだけ、ブラッド様にお願いしてみようかな。魔法を教えてほしいって」
そんなことを、一人呟いてみる。
魔法を教えてもらって、ある程度戦えるようになればきっと、完全なお荷物になることは少なくなるでしょう。
そりゃあ、いきなりシリル様やブラッド様のように戦えるか、と問われれば「否」としか答えられない。それでも、少しくらいはマシになると信じたい。
「それに、グレーニング侯爵家のお抱えマフィアだとかいう人たちとのコネが、少しばかり欲しいかなぁ」
そして、そんなことも考える。裏社会に少しばかり通じていれば、素早くその筋の情報が手に入るかもしれない。そうなれば、きっといろいろと便利でしょう。
次期王妃がこんなことをしていいのか、と問われてしまいそうですけれど、婚約は解消する方向なので全く問題ないです。……そう、思う。
そう、その婚約の解消が全く上手いこと行っていないだけなのだ。
私は近くに置いているぬいぐるみを抱きしめながら、一人天井を見上げていた。時が巻き戻って、もうかなりの時間が経った。それでも、未だに私の脳内には一度目の時間軸のことが鮮明に思い浮かぶ。
イーノク様に虐げられてきたこと。シンディ様に罵倒され続けてきたこと。いろいろなことが、思い浮かぶ。そのたびに悔しさや辛さを感じてきた。だけど、いつまでも悲しんでばかりではいられない。悔しんでなんていられない。私はその未来を変えるため、今、行動しているのだから。
そんなことを考えていた私は、起き上がり机の椅子に座った。そして、ノートを引っ張り出して少しだけメモ書きをする。それは、これからの計画票のようなもの。
まず、イーノク様との婚約を解消する方向にもっていくということ。
次に、魔法や剣術を少しでも覚え、完全なお荷物になることだけは避けるということ。
それから、グレーニング侯爵家のお抱えマフィアの人たちと、少しでもいいからコネを作ること。
最後に……六人目の聖女、シンディ・ランプレヒト様の本性をさらに探ること。
一応、今思い浮かぶのはこれくらいだろうか。
イーノク様との婚約解消。剣術や魔法の勉強。それからコネづくりは、まだ出来る方だと思う。しかし……シンディ様の本性を探ることは、出来るのだろうか? あの人、結構狡賢くて頭が回るから……。
「……あんな人が聖女と呼ばれて持て囃されるなんて、世も末よね」
ふと、そんな言葉が口から零れてしまう。
元々聖女とは、裏で隠れて国の平和を守り、祈り続ける存在だった。だけど、シンディ様は自らが目立つことを選んだ。こっそりと巡礼をし、王国の平和を祈り続ける。
それが聖女だったはずなのに、シンディ様は自らが注目され、愛されるためにその常識を覆した。それは私からすれば「愚か」としか言いようがなくて。
そんなことを思っていると、無意識のうちに手に力を入れてしまっていた。苦しい、悔しい、辛い。
そんな記憶しかない一度目の時間軸での記憶。楽しかった記憶なんて、ほとんどない。でも、だから。この時間軸では幸せをつかむのだ。
イーノク様との婚約を解消する。そして、王位をローナ様に継いでもらう。それが、とりあえずの目標かもしれない。
「……そろそろ、寝ようかな」
夜も更けてきた。そろそろ、眠る準備をしよう。
私はそう思って、寝台の方に戻っていく。とりあえず、明日はシリル様にコネを作りたいと申し出る。あと、ブラッド様に剣術や魔法を指導してほしいとも、お願いもしなくちゃ。
(幸せになるって、大変だわ)
そう心の中で呟いた私は、この日も眠りに落ちていくのだった。
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