第5話 新城学園の新入生②

(……むう)


 新城学園の一階。1年1組の教室にて。

 雪のような白い髪を持つ美しい少女――鳳由良は、この上なく不貞腐れていた。

 すでに初めてのHRも無事終了し、真新しい校舎の見物へと出向いてみたり、教室に残って楽しげに談笑するなどと、様々な行動に移っているクラスメート達をよそに、自分の机に突っ伏したままピクリとも動こうとしない。


(……むむう。よもや、悠樹と別クラスになろうとは)


 彼女にとって不満なのは、その点であった。

 どうにか悠樹も無事入学できて、いよいよ神刀奪取のついでに悠樹との学園生活を謳歌しようと考えていた矢先なのに、出鼻を挫かれるとはまさにこのことだ。

 思いがけない理不尽に打ちひしがれ、由良が膨れっ面を浮かべていたら、


「……やあ、お嬢さん。少しお時間いいかな?」


 唐突にそんな声をかけられた。


「……む?」


 気だるそうに由良が前を見やると、そこには一人の――いや、二人の男子生徒がいた。

 一人は黒縁眼鏡をかけた百八十センチほどの長身の少年。中々整った顔立ちの少年だ。

 由良は「ふむ」と小さく感心の声を零した。少年の立ち姿に隙はなく、相当鍛え込んでいるのが分かったからだ。立ち位置からすると、声をかけてきたのは彼のようだ。

 そしてもう一人は栗色の髪の少年。身長はかなり低く百六十センチほど。何やらおどおどしており、長身の少年の背に隠れている。小動物のような愛らしさを持つ少年だった。

 この学園の生徒の割には、彼はあまり戦闘向きではない人物のようだ。隣の少年に比べるとかなり実力が劣っているように見える。


 いつもの習慣でそんな戦力分析をする自分に、由良は呆れてしまった。

 どんな人物であろうと今はただ煩わしいだけというのに。


「……妾に何か用かの?」


 それでも一応尋ねてみる。と、長身の少年がくいっと眼鏡の縁を上げ、


「随分と古風な口調だね。そして紫色の瞳に《雪の髪》か。やはり君は神宮寺家の人間なのかな?」


 由良の片眉がピクリと動く。それはもう散々聞き飽きた質問だった。


 ――神宮寺。それは御門家と同じ六大家の一つだ。

 かの家系では稀に紫の瞳を持つ白い髪の女児が生まれる。ゆえに由良の髪の色から神宮寺の者ではないかと疑う人間は多い。きっとこの少年も同じ事を感じたのだろう。


 だが、この問いに対する答えは常に一つだけだった。


「……妾は神宮寺ではない。そもそも現在、神宮寺に女児はおらんじゃろうが」


 由良は表情も変えず、いつもと同じ回答を返した。

 しかし、長身の少年は、その答えに納得いかなかったようで――。


「……いや、けど、こんなにも綺麗な《雪の髪》だ。もしかしたら君が知らないだけで、実は神宮寺の直系かもしれないよ」


 そう呟いて、由良の白い髪へと無造作に右手を伸ばした。

 その瞬間――由良の瞳に、激しい敵意の光が宿った。すかさず長身の少年の右腕を掴み取ると渾身の力を込める。ミシミシと腕が鳴った。


「――ッ!?」


 小柄な少女とは思えない桁違いの握力に、長身の少年は息を呑んだ。

 そして由良は、冷酷にさえ思える声で宣告する。



「……小僧。女の髪に気安く触れるな。妾の髪に触れていいのは我が伴侶のみ。そしてその者はすでに確定しており永劫に変わることもない。憶えておけ」



 まるで吹雪の女王のような少女の迫力に、長身の少年は声も出せなかった。

 無表情のまま、紫水晶の瞳だけが敵意の光を放つ。

 明らかに格上だと分かる存在を前にして少年は硬直した。すると――。


「そ、そうだよ! 今のは鷹宮君が悪いよ! 謝らないとッ!」


 不意に栗色の髪の少年が、大きな声を上げた。


「か、神楽崎……け、けど、ぐぐっ」


 一瞬、不満そうに口ごもる長身の少年。しかし、すぐに大きく息を吐くと、


「……確かに。女性の髪に無断で触ろうとするなんて……すまない。許して欲しい」


 と言って、由良に対し深々と謝罪した。その予想に反した素直な態度に由良は少々面を食らったが、すぐさま彼の手を離してにこりと笑い、


「分かればよい。この話はこれで終わりじゃ。それよりも妾の級友達よ」


 一拍置いて、


「妾の名は鳳由良。そなたらの名を教えてもらえんかの?」


 彼女の問いに、少年達は一度互いの顔を見てから、


「これも失礼したね。僕の名前は鷹宮修司。よろしく」


 と、長身の少年――鷹宮が挨拶した後、


「え、ええと、ボクの名前は神楽崎太助です。よろしくね鳳さん」


 栗色の髪の少年――神楽崎が会釈する。


「うむ。よろしくな。しかし……鷹宮よ。そなた、もしや鷹宮家の者かの?」


 あごに指を当て由良が問う。すると、鷹宮は誇らしげに頷き、


「ああ、僕は六大家の一つ――鷹宮家当主・鷹宮真人の三男だよ。だから、もしかして君もなのかなと思い、声をかけたんだ」


「……ふむ、なるほど。そういうことかの。じゃが、残念ながら、妾は本当に神宮寺とは無関係じゃ。こればかりは信じてもらうしかないのう」


 眉根を寄せてそう語る由良に、鷹宮はこくんと頷き、


「ああ、分かっているよ。そもそも家系について疑うのはマナー違反だし。それについても謝罪するよ。すまなかった」


 そう告げて、また頭を下げてきた。どうやら生真面目な少年のようだ。


「ボ、ボクも謝るよ。まだ出会ったばかりだけど、鷹宮君はきっと悪い人じゃない。ボクそういうの何となく分かるんだ。だから鷹宮君を許して上げてよ」


 隣に立つ神楽崎もぺこりと頭を下げる。

 そんな二人の少年に、由良はポリポリと頬をかき、


「その件はもうよい。許そう。それよりそなたらも知り合ったばかりなのかの?」


 と、二人に尋ねてみる。


「ああ、そうだよ。この教室で初めて会ったんだ。結構意気投合してね」


「うん! この学園で初めて出来た友達なんだ」


「ほほう。そうかそうか。仲良きことは美しきかな、じゃな」


 そう言って由良が優しげに微笑んだ、その時。

「――あ!」不意に由良が声を上げた。廊下側の窓に悠樹の姿を見つけたのだ。


「ん? どうかしたの鳳さん?」


「すまん。どうやら待ち人が来たようじゃ。妾はもう行かねばならん」


 神楽崎の問いに簡潔に答えると、由良は鞄を持って席を立った。

 そもそも由良が教室に残っていたのは、悠樹が迎えに来るのを待っていたからだ。


「へえ~、待ち人って友達かい?」


 と尋ねる鷹宮に、由良はふるふると首を振った。


「違う違う。妾の『良人おっと』じゃ」


「「……………はい?」」


 予想外の回答にポカンとする鷹宮達。由良はいたずらっぽく微笑み、言葉を続けた。


「世界でただ一人だけ妾の髪に触れてもよい者――まあ、ハイカラ風に言うのならば、妾の『ダーリン』ということじゃな」


「「――ダ、ダーリン!?」」


 思わず声を上げる少年達に、由良は満足げな笑みを浮かべる。そして彼女は「うむ。それじゃあ、また明日の」と告げて、パタパタと去っていくのだった。




「ん、待たせたの。悠樹」


「ははっ、待ってなんかないよ。今来たところだし」


「うむ、そうか。ところで、今日は何か変わったことはあったのかの?」


「ん? 変わったこと? う~ん。あっ、そうだ! それならザックさんがね!」


「ザック? ああ、玉城のことか。あやつがどうかしたのかの?」


「いたんだ。生徒の中に」


「………………え?」

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