第6話 魔王、家を探す

「それで……これから誰が我の身の上を受け持つという幸運にあやかるのだ?」


「え?」


 安っぽい木の札を服の内側に仕舞いこんで、それとなく冒険者どもに聞くと、全員が表情を固めた。全員纏めてその反応をされると、流石の我も表情筋がひきつってしまう。


「え? ではない。先程丁寧に説明してやったであろう? 我は神々との戦の果てに、この世界の砂漠に飛ばされてしまったのだ。金どころか家も無いのだ」


「……それなのに、どうしてそんなにふてぶてしい態度なの」


「ふてぶてしいとは失敬な。むしろこの我とこうして時間を共にしているのが尊いのだぞ? 普通なら頼み込んででも我を泊めるものであろう」


「……」


「すげえよあんた。一言喋る毎に全員の好感度落とすなんて、並大抵じゃねえ……」


 デニズが神に祈るような顔で首を横に振った。しまった、そういえばこやつらは魔王という存在を知っていても、我自身については殆ど知らないのであった。……ラクダの上で説明をしてやったつもりだが、こやつらの脳みそでは理解しきれなくとも仕方がない。


 とにかく、どれだけ我が偉大なのかをもう一度分かりやすく説明してやろうと思ったが、先程我に絡んできた冒険者四人がどうにも気分控えめにテーブルに突っ伏しているのが目に入った。


「兄貴ぃ……これで何連敗目っすかぁ?」


「分からん……俺ら、向いてないのかもな」


「そんなこと言わなぇでくだせぇ……凹みますわ」


「やってらんねぇ……」


 我が落ち込む四人を見ていることに目敏く気がついたクルーガーが、苦笑いで説明をする。


「あぁ、あの四人はね……変な憧れとか甘い覚悟で冒険者になろうとする人を追い返すって役割をしてるんだけど……」


「俺らが見てきた限り、結構長くやってるのに誰も追い返せてねえっぽいなぁ」


「……つまり、さっきのは演技ということか?」


「そういうことだ……」


 我の質問に答えたのは、他でもない四人組。中でも体と人相の悪い……確か兄貴と呼ばれていた男だ。先程は酒に酔っ払った赤ら顔で吠えていたが、今では逆に青い顔で眉を下げている。

 その雰囲気はまるっきり先程と逆で、面白いくらいに別人味があった。


「さっきはすまねえな、坊っちゃん……じゃなくてコルベルトか?」


「気安く我の名前を呼ぶな……と言いたいところだが、何だか見ていて哀れである。今回だけ特別に許そう。我が慈悲に咽び泣け」


 我の言葉に、男ははいはい、と気だるい返事をした。


「お前たち、誰に言われてそんなことをしているのだ?」


「マスターにだな。俺ら、随分と悪人顔でガタイも良いから、門番を買ってくれねえかってよ。なんでも、追い返せたら金をやるって話なんだが……」


「連敗中なんだよぉ……」


「ふむ……」


 男たちは四人同時にため息をついた。成る程、だから先程絡まれた時に誰も助け船を出さなかったのか。面倒な風習だ。ちらりと店主を見てみたが、案の定我関せずと無反応であった。

 門番ならばそんなに躍起にならずとも良いのではないか?と聞いてみると、最初の三ヶ月は同じことを思っていた、と暗い声色で返された。流石に門番を越えて置物になるのは嫌なのであろう。


「もっと凄んでみた方がいいんじゃないすか?」


「これ以上は無理だ……」


「いっそ本当に酒でも飲んで、酔っ払って絡んだらましなんじゃね?」


「む? さっきまで飲んでいたのは酒ではないのか?」


「あぁ、こりゃ水ですわ。俺ら全員下戸でして、酒はてんで駄目なんすわ」


「……」


 真相を紐解いていけばいくほど、なんとも情けない裏側が露呈する。確かに、妙に騒がしくて煩わしいと思っていたが、今を踏まえてみると演技臭いな。

 店の奥の板を眺めていた二人組の男が、元気出せよ、と四人に声を掛けて店から出ていった。


 完全にお通夜状態の四人に気をとられていたが……結局我はどうすれば良いのだ。


「このままだと、この我に路上暮らしをさせることになるぞ?」


「おいおい、何であんたが自分を人質にしてるんだよ」


「……利点と欠点が釣り合ってない」


 小さな戯言はこの際置いておくとして、本気で誰も助け船を出さないつもりのようだ。ゆっくりとクルーガーを見てみる。


「あ……私は家が魔法使いの寮みたいな場所なの。残念だけど、関係者以外は泊められないわ」


 続けてデグを見る。


「すまねえなぁ……うちは俺と母ちゃんの二人でも狭いくれぇなんだ」


 セラを飛ばしてデニズを見る。澄ました顔で口を開きかけたセラがフードを被り直しながら、すさまじく不機嫌になっているが、無視だ。


「俺!? いや、無理だぞ? 宿屋に一人用の部屋借りてる身だからな」


 ……深く息を吸って、これまでに無く大きく吐いた。そして、横目でちらりとリサを見る。


「はぁ? なにその反応? 絶っ対にあんたはあたしの家には入れないからね」


 だろうな。理由は特に聞きたくない。野生の女豹のごときこの女と一つ屋根の下で寝泊まりなどしたら、翌朝簀巻きにされて玄関前に干されているに違いない。諦めにため息を吐こうとした我であったが、そこに思わぬ援護が飛んでくる。 

 不思議そうに首を傾げたエリーズだ。


「え、でもリサ。部屋余ってなかった?」


「え……ちょ、ちょっとエリーズ! それ言う必要ある!?」


「あれ? 駄目だった? この前私達じゃやっぱり広いっ――」


「あー! そんなことあったっけ?」


 無表情でリサを見つめる。どうやらエリーズはリサと同棲しているようだ。その上、その家には随分と余裕があるらしい。これは千載一遇の好機……剥き出しになった弱点である。この際女豹だとかなんだとかは投げ捨てて、そこにしがみつくしかあるまい。

 幸いなのかそうでないのか、クルーガー達も我を厄介払いの如くリサに押し付けたいようで、それならいいじゃない、という空気を醸し出している。


「ちょっと待って……? なんであたしが泊めるみたいな空気になってるの?」


「これも何かの縁ってやつじゃねえのか? ほら、三人とも番号続いてるし」


「それって関係あるんですか!?」


「まあまあ、リサ。コルベルトさんも困ってるみたいだし……困ってる人をわざと突き放すって、あんまり良いことじゃないと思うよ」


「いや、それは分かるけどあたしの家! それを認めて泊めることになるのはあたしの家なの!」


「これは今晩、この世で一番の幸運に肖る人間が決まったようだな」


「ちょっと残念金髪、あんたは黙ってなさい。じゃないと舌引っこ抜いて喉に突っ込むからね」


「ならば聖剣くらいは用意しておけ。勿論予備もだ」


 我の言葉にリサは、リサ自身の語彙を全て使って我に何かを伝えようとしたようだが、何も言えずにぷるぷると震えだした。更には冒険者四人組がリサが我を泊めるかで賭けを始めたらしく、固唾を飲んで見守っている。


 そして、リサはゆっくりと口を開いた。


「……一日だけよ」


 その顔は苦虫を百匹噛み潰したような顔で、口に出した一言一句に体をつねられているような表情であった。そう、つまるところ我の勝利である。胸中に勝利の味を噛み締めていると、セラが同情するようにリサの背中を撫でていた。


「……後輩、残念。……何かあったら、私の家に飛び込んできて」


「……うぅ、先輩……」


 悲しむリサの背後では、四人組が賭けの結果に項垂れていた。その様子と会話を見るに……全員リサが我を突っぱねる事に賭けていたらしい。全員が同じところに賭けたら、賭けが成立しないのに気がつかなかったようだ。


「兄貴……これ誰が勝って、誰が負けたんすか?」


「賭け事はしないから分からねぇ……全員負けなのか?」


 基本的に、あの四人は馬鹿なのだろう。全くもって役に立たない情報を脳の隅に追いやって、一息ついた。本当に取り敢えずではあるが、職業と仮住まいを手にいれた。金は無いが、この我に掛かれば恐らくなんとかなるであろう。


 さて、住まいに案内しろ、とリサに告げようとして、大切な事を思い出した。ここがどんな世界であるかを確かめていなかったのだ。未だに知らず関せずを通している店主に声を掛ける。


「おい、お前」


「……なんだ」


「世界地図を見せろ」


 世界地図を見れば、一発でこの世界の様子が分かる。全く同じであれば我の世界であるし、そうでないのならば別の世界であろう。今のところ話す言語が同じで、夜空は別物であるが……実際はどうであろうな。


 我の言葉に店主は少しだけ考えるような仕草をして、カウンターの下から一枚の羊皮紙を取り出した。その側に歩み寄ってみると、我の要求通り地図のようだ。


 元の世界の大陸は左側が欠けた三日月のようで、北国、東国、南国と陸続きになっており、真ん中がぽっかりと空いていた。西の海にはポツポツと島が連なっており、大陸の中心にある空いた海の上に、我の王国である魔大陸が鎮座していたのだが……。


「なんだ、これは」


 この世界の地図を見てまず驚いたのが、我が生まれ育った魔大陸がそもそも消滅していることだった。本当に欠片ほどもない。大陸の形は三日月ではなく真ん中がぽっかり空いた楕円形で、しかも西の島が陸続きになっている。随分と前に人里から捕らえた菓子職人が作った穴空き菓子ドーナッツに似た形をしているのだ。


「……これは間違いなく異なる世界であるな」


 諸事情で国の名前には詳しくないが、これは余りにも明らかな違いである。所々にあった山や谷も全く無いのだ。この時点で天上の神々に対して面倒な事をしてくれたな、という怨嗟を送るに足りていたが、よく考えれば当たり前である。

 我であれば、力を奪った我を魔王軍という味方の居る世界に戻したりなどせぬ。


「……まあ、良い」


 どうせ力を取り戻せば世界渡りなど容易い事……とは流石に言えないが、我に掛かれば不可能ではないだろう。見覚えの無い地図を店主に渡し、くるりと後ろに振り返った。


 視界に見えるのは仄暗い酒場。顔を知っている六人の冒険者が煩く談笑している。服の上に付いた砂を改めて叩き落として、我はその会話の渦に飛び込んだ。


「用事は終わった。家に案内するが良い」


「……待たせてごめんとか言えないわけ?」


 会話がすっと収まり、リサが我に噛みついてくるが、下々に謝るなど王としての立場が揺らぐであろう。有り体にそう伝えると、またまた妙な空気になった。が、すぐにリサがため息を吐いて、クルーガー達に頭を下げた。慌ててエリーズも続く。


「皆さん、今日は本当に……ありがとうございました。私達みたいな新米に、わざわざお時間を使わせてしまってすみません……この金髪の分も、お礼を言います」


「あ、ありがとうございました!」


「大丈夫よ、二人とも。後輩ちゃんを守るのは、先輩の役目なんだから」


 二人の礼に、クルーガーは色気のあるウインクで返した。他の三人も同じような事を言ったが……正直我はおめでたい頭をしているな、という感想しか浮かばなかった。助けてくれてありがとう、などと情けない事を、どうして恥ずかしげもなく言えるのであろう。加えて言えば、それをどうして笑って許せるのだろうか。


 この世は一歩道を誤れば死ぬのだ。今回であっても、それは変わらない。後輩だかなんだかがしでかしてしまった失敗を、どうして笑顔で許容できるのか。……所詮人間ではない我には分からないことだな。


 わざわざそれらを口に出すと空気が微妙になるというのはセラやリサの言葉を思い返せば分かるので、口に出さずに飲み込んでおく。

 会話が終わると、クルーガー達はバラバラに酒場から出ていった。どうやらここらでお別れのようだ。


 最後にデグやデニズが我に向かって手を振っていたが、どういう意味なのかは良く分からない。分からないがとにかく振り返しておくと、リサの鋭い視線が止んだのでよしとする。

 クルーガー達が居なくなって嘘のように広く感じる酒場で、リサが訝しげな顔で我を見つめる。


「あんた、本っ当に常識外れってか、教養が無いのね」


「おい、貴様……失礼だぞ。我は王の中の王である。再三説明したというのに、どうして理解できんのだ」


「あ、えーっと、喧嘩はダメだよ?」


「……まあ、良いわ」


 教養が無いなどと文字通りの暴言ではないか。随分と突飛な言葉を突然投げつけられたので、どうにも怒るというよりかは驚いた。なんなのだこの女は。

 この女を表す言葉の一覧に『気味が悪い』を加えるべきだな、と不満の中で考えていると、リサがくるりと酒場の出口に振り返って、呟くように言った。


「……帰るわよ」


「ふむ。初めからそうしていれば良いのだ」


「急に振り返って拳を振り抜きたくなってきたわ」


「随分と面白い精神構造であるな。医者に診てもらうといい」  


「あわわ、リサ……」


 酒場の出入り口で怒りを露にするリサを、エリーズがどうにか宥めていた。全く、本当にこんな奴らの根城に行っていいものかと不安になったが、相変わらず他に選択肢が無い。悪態をつくリサが開けた扉を、陰鬱な気持ちでくぐり抜けた。

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