第2話:もう一人の元カノ

 高校生になると、新しい恋に落ちた。彼女の名前は佐久間さくま由舞ゆま。明るくて、ちょっと変わった同い年の女の子だ。実ちゃんとは全く違うタイプの人だったが、自分がレズビアンであることをカミングアウトし、それを受け入れてもらえたことがきっかけで好きになった。

 しかし、彼女はパンセクシャルで、レズビアンである私とは違って相手が女性でなければいけないわけではないらしい。

 それを知った私は実ちゃんのことを思い出して怖くなってしまった。そして『男性と付き合えるなら男性と付き合った方が良い』と彼女に言ってしまい、それが理由で喧嘩別れをしてしまった。

『今はもう同性同士の恋はおかしいって時代じゃないでしょ』と口では言えても、実ちゃんの一件で私は、自分の口から言ったその言葉を信じることが出来なかった。

 それから複数の女の子と付き合っては別れて、付き合っては別れてを繰り返し、新しく恋人を作って幸せそうに暮らす由舞に嫉妬をして同じ大学に居た彼女の恋人に嫌がらせをしていた。

 そんなある日


「いい加減にしろよ!この馬鹿!」


 堪忍袋の尾が切れた由舞に平手打ちされ、初めて殴り合いの喧嘩をして、ようやく目が覚めた。


「……ごめん。由舞」


「……許さんよ。一生。大体、私を手放したのは君だろう。手放したなら、これ以上執着するなよ。勝手に幸せになれよ。私以外の人と」


「……ごめん。……もう君の恋人には嫌がらせしない」


「約束だからな。次嫌がらせしたら通報するから」


「……ごめん」


 それから数年後のある日、ふと、"モヒート"という名前のそのバーの看板が目についた。セクシャルマイノリティの憩いの場のような場所になっていると界隈では有名なバーと同じ名前だった。もしやと思いそのバーに入ると、人の良さそうな背の高い男性がシェイカーを振りながら「こんばんは」と出迎えてくれた。


「あら珍しい。新規のお客さん」


「こんばんはぁ。お姉さんはノンケ?」


 入っていきなり、バーの客の女性から質問が飛ぶ。女性は見た目は女性だったが、どことなく男性っぽかった。そんな質問をされたのは初めてで戸惑っていると


「こら。アイミさん。飲み過ぎ」


 バーのマスターが彼女を嗜めてくれた。アイミさんと呼ばれた彼女は、トランスジェンダーらしい。本人がサラッとカミングアウトしてくれた。ちなみに、アイミというのは本名で、愛美と書くそうだ。


「えっと……セクシャルマイノリティの憩いの場って……本当なんですね……」


「えぇ。別にセクマイバーってわけじゃないんですけど……気付けば自然にそうなってしまって。あぁ、別に自分のセクシャリティをカミングアウトしないと入れないわけではないので安心してください。はっきりと分からない人も居ますしね」

 

「ちなみにこの場でノンケなのは僕だけですぅ〜」


 呂律の回らない口調で、机に突っ伏していた男性がふらふらと手だけ振った。マスターがそっと彼の側に水を置く。


「えっと……私はレズビアンです」


「そっかぁ……やっぱ僕だけなんですねぇ……」


「セクシャルマイノリティって言うけど、ここだともはやノンケの方がマイノリティよね」


小桜こざくらさんくらいですもんね」


「てかお姉さん、可愛いねー。彼女居る?」


萌音もねさん、新規のお客さん口説かないでください」


「あははー。大丈夫大丈夫ー。私は美月みづきちゃん一筋だぞー」


 騒がしくてすみませんと謝るマスター。噂通りお客さんのほとんどがセクシャルマイノリティで、この場ではむしろ、身体的性と性自認が一致している異性愛者の方が少数派なのだとマスターは語ってくれた。ちなみにマスターはレズビアンだそうだ。男性ではなく女性だということに驚き、結婚して子供が二人居るという話で二度驚かされた。


「えっ?じゃあバイセクシャルなのでは?」


「そう言う人は多いけど……夫が例外ってだけで、恋愛対象は女性なんだ。夫は性別の壁を越えちゃったんだと思う。まぁ、バイだと認めるとめんどくさいってのもあるんだけどね。こう見えて僕、ストレートの男性からもモテるから。バイなら俺もいけるだろとか言ってくるクソ野郎に遭遇したことあるから」


「魔性の女なのよね……かいちゃんって」


 気付けば私もそのバーの常連になっていた。

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