第3話:結婚しましょう

 それから彼とは定期的に会う仲になったが、やはり私は彼に一度もときめくことはなかった。

 ときめいたりはしなかったが、彼の隣は居心地が良かった。自分と同じアロマンティック・アセクシャルだからというのもあるかもしれない。いやらしい視線や下心を向けられることもなく、少し歳上の同性の友人のような感じだったが、友人達は彼を私の恋人だと勝手に勘違いし「メグにもようやく春が来た!」と勝手に盛り上がった。違うと否定しても信じてくれず、うんざりしていたある日、彼にその件の愚痴を話していると、彼からこんな提案をされた。


「じゃあメグさん、いっそのこと結婚しちゃいません?私と」


「えぇ?結婚?」


 どういうことだ。アセクシャルだと言っていたではないか。私に対して恋愛感情を抱いているというのか。私と同じだと言ったではないか。と、彼に対して不信感をぶつける私に対して、彼は落ち着いてくださいと首を振って理由を述べた。


「恋人ではなく、人生を共に歩むパートナーとして婚姻を結びたいんです。ほら、配偶者がいたら周りも恋愛しろとうるさく言わなくなるだろうし。そんな、打算的な理由です」


 あくまでも恋愛感情は無いらしい。本当かと疑うと、確かめてみますか?と、自身の胸に手を当てて首を傾げた。手を伸ばし、彼の胸に触れる。別にドキドキはしていないし、私もドキドキしたりはしない。


「どうせこの先君も、恋愛する気ないんでしょう?」


「無いですね」


「ふふ。私も無いです」


 結婚は恋愛関係にある男女が結ぶものだという考えが当たり前のようにあったため身構えてしまったが、たしかに親や周りから「彼氏は?」と会うたびに聞かれたり、良い人を紹介するとお節介を受けることが無くなることを考えると、なんとも魅力的なお誘いだ。しかし——


「……結婚したらしたで、今度は子供はまだかと言われそうですよね」


 私の姉は義理の母から会うたびにそう言われてうんざりしているらしい。姉は一度、流産をしている。それもつい最近だ。そんな人に対して急かすなんて、身勝手すぎる。幸いにも夫は義母に対して言い返して姉の味方になってくれているようだが……。私ならきっと耐えられない。


「なるほど……それもありますね……養子を取りますか?」


「……打算的な考えで養子を取るのはちょっと、迎えられた子供が可哀想な気がします。ペットじゃないんだから」


「そうですよね……やはり、夫婦二人で生きる選択をしたと理解してもらうしかないですね。どちらにせよ、私達はマジョリティにはなれない。だったら一人よりは二人の方が良くないですか?」


「……そうですね……わかりました。結婚しましょう」


 プロポーズは夜景の見えるレストランでとか、大勢の人の前でサプライズとか、そんなロマンは一切なく、私達の婚姻はこんな形で、他愛もない話の流れであっさりと決まった。そして淡々と話は進む。まるで事務的な作業のように。


「結婚したら、一緒に暮らしますか?」


「それはお任せします。私は一緒でも良いですよ。その方が家事の分担もできますし。ただ、一緒に暮らすならお互いに納得のいく形で暮らしたいですね。例えば洗濯は別にしたいとか……風呂は絶対先に入りたいとか……何か譲れないものがあるならお互いに先に出し合って、それから決めるっていうのはどうですか?」


「なるほど……」


「まぁ、私は一度一緒に暮らしてみて確かめるのが一番早いと思いますけどね」


「そう……ですね。ではそうしましょう」


「はい。じゃあ、婚姻届貰いに行きましょうか」


「あ、待ってください。親への挨拶を先に済ませましょう。成人してるからとはいえ、やはり親への報告なく決めてしまうのはちょっと」


「そうですね……どっちの親から行きます?」


「では、恋さんから」


 一応、私たちは恋人同士で、愛し合っていて、この人以外考えられないんだという設定を作り、互いの両親に挨拶に行った。恋さんの母親は他界しており、父親のみだった。子供の件に関しては、恋さんが先手を打って自身の父親に「僕達夫婦は子供は望みません」と話してくれた。


「決して俺一人で決めたわけじゃない。二人で話し合って決めたことだから。例え血の繋がった親であっても口出しはさせない」


 強い意志を感じる言葉遣いだった。彼の父親は険しい顔をしていたが、やがてため息を吐いて「好きにするといい。お前の人生だ」と言ってくれた。


「ありがとう」


「元々結婚も期待してなかった。お前は一人で生きていくんだと思ってたから」


「そのつもりだったけど、パートナーができたので。この人となら籍を入れてもいいと思えたから」


 と、こんなイケメンからそんなことを言われたらきゅんきゅんしちゃうものかもしれないが、私はしない。私の心臓は至って冷静だ。ちなみに私には友人達や一般女性のいうイケメンという感覚もよくわからないのだが、友人はレンさんを見てイケメンだときゃーきゃーと喚いていたからイケメンなんだと思う。確かに整っている顔だとは思う。しかし、歳を取ればどうせみんなシワシワになるのだ。一緒に居るのに容姿は関係無いだろうと、私は思う。一生を共にするのだから、性格が合う方が絶対良いだろう。理屈っぽいと言われるかもしれないが仕方ない。私には恋はわからないのだから。

 恋さんは性格の良い人だと思う。落ち着いていて、上品で——ちょっと緩い感じの雰囲気が癒される。

 私は彼のことが好きだ。その好きが恋愛感情的な意味かと問われれば違う気がするけども。

 触れたいとも思わないし、取られたくないとも思わない。

 しかし、他の友人よりはちょっと特別かもしれない。それは、彼が私と同じアセクシャルだから。

 レンさんも言っていたが、私達の関係を表すにはという言葉が一番しっくりくる。これから夫婦になるわけだが、全くもって実感がない。を結ぶではなく、を結ぶといった方がしっくりくる。

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