第十二話 六歳の明徳と蛇との死闘

 明徳はベビーベッドの横に椅子を運んで、寝転ぶ弟を見てその黒く澄んだ瞳を見つめて思案していた。


 この出来たばかりの弟と何をして遊ぼうか? 隠れんぼ? 鬼ごっこ? うーん、待てよ。男の子だから戦争ごっことか! 明徳は楽しくてしょうがなかった。遊び相手が降って湧いたように感じていたのだ。僕だけの兄弟、遊び相手、なんでも僕の言う通りに動く友達。明徳はまだ六歳だった。


 父親はベビーベッドを覗いて目を輝かせている明徳の頭に手を置いてこう言った。


「お前はもうお兄ちゃんなんだから、弟を守ってやってくれな」


 明徳はうん! と大きく返事をした。


 明徳は一人でレゴブロックで遊んでいた。合体して大きくなっていく家とロボットがテーマだった。その日は弟がいつもより激しく泣いていて、いつまでも泣き止まない。


 そういえばと思い出す。今日は両親が出かけている間、気持ちよさそうに寝ているからと、弟の面倒を頼まれていたんだった。


 どうしたんだろう? 明徳は廊下をドタドタ歩き、ベビーベッドの横の台に登って弟を覗いた。


 明徳はベビーベッドの中で蠢く黒く長いものを目にして驚いた。その尻尾らしきものを目で辿っていくと、弟のまだ小さい足首に噛み付いている蛇の頭を見て飛び退いた。


「うわぁ! 蛇だぁ!」


 さらに激しく暴れる弟の足首に振り回され、蛇は振り払われまいと顎にさらに力を加える。弟は真っ赤な顔で泣き叫んでいた。


 明徳はテレビの中のヒーローのように、弱き者を、弟を助けようと闘志を燃やした。


 明徳は小学校の工作で作った変身ヒーローを模した帽子を被り、畳んで置いてあるバスタオルをマント代わりに首に巻いた。


 よし、あとは武器だ。


 明徳はおもちゃのプラスチックバットを持ってブンブンと振り回す。


 明徳はベビーベッド横の台座に登り、様子を見た。未だに弟の足首から離れようとしない蛇に物怖じしながらも手を伸ばした。鱗だらけでひんやりとしている蛇の尻尾をギュッと掴んだ。


 蛇は背後から突然現れた新手の方へ牙を向けた。弟の足首からはプックリと血の玉が浮かんでいる。


 明徳は威嚇されたことでビクッと手を離し後ずさった。蛇は平べったい頭をもたげ、舌を明徳に向けてチラつかせた。その縦に入った傷跡のような目をギラつかせて。


 蛇はベビーベッドの手すりに絡まり着くように登ると、明徳目掛けて飛びかかった。蛇が飛ぶとは思っていなかった明徳は恐ろしさに叫んだ。蛇は牙を明徳の腕に突き立てたまま明徳の目を睨みつけている。明徳は恐怖に涙を浮かべた。明徳の脳裏に父の言葉が思い浮かばされた。


 “弟を守ってやってくれ”


「わぁあああっ!」


 明徳は叫んで蛇の胴体を掴んだ。蛇は長い体を巻き付けた抵抗を試みたが、明徳は力任せに振り上げて地面に打ち下ろした。蛇は牙と胴体を離し、狂ったようにのたうち回っている。その様を見て、明徳はプラスチックバットを構える。蛇は怒りを含めた目で見つめ、それを感じ取った。


 だが、明徳も怒っていた。明徳はおもちゃのバットを持って何度も叩きつけた。何度も何度も。


 やがて蛇は腹が破れ、体の中のものが溢れ出ていくと動かなくなった。


 母親が一時間ほどのパートから帰ってくると、血の出ている腕に絆創膏をチグハグに何枚もつけた勇者気取りの明徳が玄関まで出迎えた。


 悪の大王蛇男をやっつけたと意気揚々と語る息子の話しを聞いた母は、荷物を放り投げて弟の方に走っていった。


 その後ろでは、キョトンとした顔の兄と、ビニール袋から飛び出して壊れた卵のパックがあんぐりと口を開けていた。


 救急車に乗せられた兄弟と母親は、救急隊員が潰れた蛇をビニール袋に入れて運んでいた。病院に着くとすぐさま蛇は調べられ、毒を持っていない蛇だと判断されると、兄は消毒と手のひらサイズの絆創膏で家に帰された。


 まだ小さい弟は病院で一日ほど様子を見られる事となった。

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