酷い怪我

 

 急いで救護室に向かいます。


 あの騎士の慌てようからしても状態は相当厳しいかもしれません。

 私の回復魔法なら腕や脚が切断させていてもどうにかすることは出来るのですけれど、死んでしまった人はどうしようも出来ないのです。


 あれこれ考えていますと最悪の状況を想像してしまいますね。

 少し息を切らしながら救護室に到着しました。


 そこには複数の騎士が横たわり、呻き声をあげています。ヴァルグの他にも治療に当たっているはずなのに、怪我人の数が多いせいで治療が間に合わないためなのか、救護室の中は急かすような怒声で溢れています。それほどに状況が良くないのでしょう。


「レミリア様! すみませんが私は副隊長の治療で手が離せそうにありません! 重症の方たちはそちらに隔離してありますので、その方たちの治療を優先してください!」


 副隊長と言われ、私は血の気が引きました。ヴァルグが言う副隊長と言うのはアレスの事なのです。

 アレスも怪我人の内に入っている事と、ヴァルグが付いて治療をしていたことを考えると、他の怪我人に比べても重傷なことは明白です。


 ですが、ヴァルグが言うように他にも重傷な方が居るのです。ヴァルグが他を優先するように、という事はアレスの治療を止めることは難しいながらも、ヴァルグが付いている限り死ぬことはないという事でもあるはずなのです。


 真っ先にアレスの治療に向かいたい気持ちを抑え、重傷を負った騎士の元に向かいます。


 急いで回復魔法を使い、騎士たちを回復させていきます。

 中には腕が千切れかけていた方も居ましたが、回復魔法の効果で元通りに近いところまで回復しました。


 今までこれほどの怪我を負った場面に私が遭遇していなかったためなのか、私の回復魔法の効果を見て辺境伯軍の方たちが驚いていますが、すぐに他の怪我人を連れてきます。


 そして、数分もしない内に私の元に回復魔法が必要な騎士の方が運ばれてくることは無くなりました。

 ですが、アレスは運ばれてきませんでした。もしかしたら治療が終わっているのかもしれませんね。


「すまないレミリア! 副隊長の所へ行ってヴァルグと代わってくれ!」

「わかりました!」


 期待とは裏腹に、呼びに来た騎士の慌てようからしてアレスの治療はまだ終わっていないようです。私は急いでアレスの元へ移動しました。


「ヴァルグ!」

「すみません、レミリア様! 私ではこれ以上の治療は無理そうです。引継ぎをお願いします」


 ヴァルグが額に汗を滲ませながらアレスに回復魔法を掛けています。私はそこへ近付きアレスの状態を見て息を飲みました。


「どうして先にアレスの治療を指示しなかったのですか!?」


 アレスの状態は酷いものでした。

 肩口から腹部に掛けて抉られているような傷があり、左足は辛うじて千切れていない状態。そして所々肌が酷く爛れている、そんな状態でした。


 どうあっても今すぐに死んでしまってもおかしくない状態。真っ先に回復魔法を当てなければならないというのに、どうして。


「アレクシス副隊長の指示です。ですが、状況的にも無視した方が良かったのも事実です」


 本人からの指示だからと言って、アレスは領主の令息なのです。今回の遠征で最も地位の高かった者なのですから、治療を優先させるべき人のはずなのに。いえ、最初からヴァルグが付いていたことを考えれば優先されてはいましたね。しかし、その後は……


 ですが、今はそんなことを考えている暇はありません。ヴァルグから治療役を引き継ぎます。すぐに全力で回復魔法を掛け、アレスが負っている怪我を治していきました。


 

 他の騎士よりも多少時間はかかりましたが、アレスの受けた傷は完全に回復しました。

 ですが、今まで気絶していたためにすぐに起きては来ません。これに関しては良くあることなので気にはしませんが、確認のためにアレスの腕を取って脈を確認します。


 脈の方は問題ありませんね。少し早い気もしますが、先ほどまでの状態を考慮すれば異常とは言えないでしょう。それに荒れていた呼吸も安定し、苦しそうだった表情も和らいでいますね。


 とりあえず、これだけ回復できたのなら問題はないでしょう。


 そっと息を吐き、顔を上げると他の騎士の方たちがこちらの様子を伺っていました。

 一瞬、この状況に戸惑いましたが副隊長であるアレスがあれほどの大怪我を負っていたのです。他の騎士も心配していたのでしょう。安堵の表情を見せている騎士もいます。ただ、とても驚いた表情をしている方も居るのは何故でしょう。


「レミリア様は何故こちらに来たのですか? これほどの力があるのなら国が出て行くことを拒んだと思うのですが」


 驚いた表情をしているヴァルグの言葉にどう返すべきか少し考え込みます。


 なるほど。この驚きは私がこれだけの回復魔法を使えるにも関わらず、国から出て来たことに対するものなのですね。


 私がここに来た1番の理由はリーシャの策略から逃れるためですが、根本的な理由はガーレット国の対応によるものです。


 お母さまが亡くなった後のオグラン侯爵家に対するガーレット国からの対応は杜撰の一言でしたし、私もそうですがおそらくお父様も国に対する忠誠心は殆どないでしょう。

 なので、国内に留まろうとは一切考えなかったのです。他に逃げる先が無かったのもありますけれど。


 お母さまが亡くなってしまったことに対する謝罪がないどころか、責め立てるような言動をする国の重鎮が居たくらいなのです。国に対する忠誠心なんてきっぱり無くなります。

 私があの第2王子と婚約していたのも、オグラン侯爵家への当てつけみたいな物でしたからね。一応、回復士の確保、という理由はあったようですが。

 リーシャがこの段階で選ばれていなかったのは、純粋に回復魔法が使えることを把握していなかったからでしょうね。


 これを考えれば、お母さまが生きていたころからガーレット国のオグラン家の扱いが悪かったとも取れますね。いえ、思い返してみればよくはなかったですね。お母さまは軍の遠征には強制的に従軍させられていましたし。


 とりあえずヴァルグの返答には明言しないでおきましょうか。


「まあ、色々あったのですよ」

「……そうですか」


 私が言うつもりはない、という気持ちがあることを理解したのかヴァルグはそれ以上聞いてくることはありませんでした。


「……ぅ」


 アレスの口から声が漏れました。どうやら意識を取り戻したようですね。


「あ?」


 アレスの目が開きました。

 なにやら戸惑っているようですが、どうやら視界に沢山の騎士の方が居たので状況を呑み込めていないのでしょう。


「なんだこれ? どういう状況だ?」

「気分は大丈夫ですか?」

「え? 何でレミリアがここに?」

「大怪我をして救護室に運び込まれていたので、回復魔法で治療をしたのですけれど」

「副隊長は帰還を始めたころから気を失っていたので、ここが何処かも認識していなかったと思います」

「そうでしたか」


 ヴァルグがそう言うならそうなのでしょう。そのような状況でよくここまで持ったものです。アレスは体力があるのですね。


「ああ、なるほど。通りでさっき、安心できるような気持になったんだな」

「その辺りはよくわかりませんが、貴方が死ななくてよかったです。アレス」


 そう言って私はアレスの手を包むように握ります。アレスの手は怪我により多くの血を流してしまったからなのか、少し冷たく感じられました。


 回復魔法はあくまでも怪我を治すことは出来ますが、怪我によって流れてしまった血液を補充することは出来ません。

 これはなるべく早く、アレスには食事を取って貰い、少しでも状態を回復させなければなりませんね。まあ、出される食事は体調に合わせた物になるので、栄養満点の食事にはならないでしょうけど。


「……なあ、レミリア」

「? 何でしょうか?」


 アレスの手から手を離そうとしたところで、逆に私の手をアレスに握られました。


「俺と……」

「はい?」


 俺と、何でしょうか?

 何時ものアレスの雰囲気とは違い、ずいぶんと真面目な表情をしていますね。何か変な事をしてしまったのかもしれません。


「俺と結婚してくれ」


 アレスは何を言っているのでしょう? 

 どうしてこの場で、このタイミングで、という疑問と、アレスのその言動に繋がった理由がいまいち理解できません。

 ですが、そう言えばお母さまとお父様の出会いを聞いた時に似たような事を言っていたような?


「…………え?」


 アレスの言葉を飲み込むのに時間のかかった私は数秒の沈黙の後、小さく言葉を漏らしました。


 アレスの真剣な表情から冗談による言動ではないことはよくわかります。ですが、このような場合、どのような反応をして良いのかわかりません。

 その言葉自体は少し嬉しいとは思っているのですが、本当にどうして良いのかわからないのです。


 周りの騎士たちが騒めく中、私はどのようにしたらよいのか途方にくれました。


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