グレシア辺境伯領

 

 ガーレット国の国境門を越えてすぐにアレンシア王国の国境門を通り過ぎました。


 アレスはアレンシア王国の騎士ですし、国境門を担当している者たちはアレスの家、グレシア辺境伯家に所属する者が大半だそうですから、殆ど見知った仲なため確認は印章を使う事もありませんでした。


 私がアレスの馬に相乗りしていることに驚かれている方も居ましたが、中には昔ここを通った際に会ったことがある方も居ましたので、私のこともそれほど審査することなく通ることが出来ました。



 アレンシア王国の領土に入るとガーレット国とは少し違う光景が目に入ってきました。


 アレンシア王国のグレシア辺境伯領は周囲よりも少し高い丘が領土の半数を占める土地です。そして、丘ではない低くなっている土地はうっそうとした森が大半を占めています。


 その森には周辺の地域よりも強い魔物が住んでいるため、それの対処をたびたび行っている辺境伯軍は、アレンシア王国に所属する騎士たちの中でも強いことで有名です。


「レミリアはこの後どうするつもりなんだ? とりあえず国外に逃げるための手伝いってことでこうしてはいるけど」

「そうですね。どうしましょうか。私も危ない気配がしたので早く逃げないと駄目だ、そう思って行動していましたから、先のことはあまり考えていなかったのですよね」

「あぁ、まあ、そうだったな」


 まずは逃げなければ取り返しの利かない状況になりそうだったのでこうしていますが、先のことはあまり考えていなかったのです。


「ま、とりあえず、やりたいことが思いつくまでうちの屋敷に居ればいいさ。昔もそうしていただろ?」

「そ……そうですけれど、今とは状況が違うじゃないですか」

「別にいいだろ。それに父上たちも会いたがっていたしな」


 アレスの父親である辺境伯様とも長い事会ってはいませんね。もともと、お母さまに着いて来ていただけなので、その機会が無くなれば当然ではあるのですけれど。


「ですけど……」

「今後どうするにしても、どの道うちには寄るんだろ? だったら数日くらい泊るのは変じゃない。それがもう少し伸びるだけさ」


 確かに辺境伯様とその奥様の性格を思い返せばそうなりそうです。それに積もる話もありますし、確実にそうなるでしょう。


「とりあえず、馬に乗りながらだと考えが纏まりそうにないので、グレシア家の屋敷に着いてからじっくり考えることにします」

「そっか」


 何やらアレスが嬉しそうな声で返してきましたが、逃亡に手を貸してくれた手前迷惑はかけたくありませんし、早い内に今後どうするかを決めないといけませんね。




 グレシア辺境伯様のお屋敷に着いてすぐ、エントランスに進められました。出来ればもう少し、心の準備が欲しい所ですけれど、今の私はオグラン侯爵家の令嬢として来ている訳ではありませんので、拒否することは出来ません。


「レテス、父上は今何処に居る?」


 アレスの帰還を出迎えた使用人は恭しく帰還による対応をした後、少しだけ考え込むような仕草をしました。


「今の時間ですと、騎士団の訓練所でしょうな」

「また、騎士団に顔を出しているのか父上は」


 渋い顔をしてアレスがそう声を漏らしました。


 アレスのお父様は辺境伯家の当主であるため、辺境伯家に所属する騎士団に指示を出す立場ではあります。ですが、貴族家の当主であるため、騎士としての活動は出来ません。


 アレスの表情や言葉からして辺境伯様は訓練所へ視察に言った訳ではなく、訓練をするために向かったという事なのでしょう。

 昔もそう言って騎士団の訓練に参加していましたからね。今も同じようにしているという事はあの頃と変わっていない、という事なのでしょう。


「さて、そちらのお嬢様はガーレット国オグラン侯爵家令嬢のレミリア様、でよろしいですかな?」

「ええ、そうです。……いえ、そうなのですが、私は家から逃げ出してきたので家名を名乗るのはあまり……」

「いや、いくら逃げてきたとはいえ、家名を名乗ることを禁止されていないのだから大丈夫だと思うけど?」

「ですけど」


 アレスの言う事もわからなくはないのですが、私的な理由でここへ来たわけですから正式な訪問ではないのです。その状況で家名を名乗るのは……


「まあ、一旦お休みになられたらいかがですか? ここへ来るまでは長旅だったでしょうからお疲れでしょう?」


 私が意見を曲げるつもりが無く、アレスとの話が平行線になりそうなのを察したのか、元からそう提案する予定だったのかはわかりませんが、アレスからレテスと呼ばれていた使用人が、私にそう提案してきました。


「そうだな。オグランの屋敷からここまで数日は掛かっているはずだ。それにさっきの騒動の際に汚れてしまった服も、着替えた方が良いだろうな」


 確かに、馬車が揺れた際に土埃を少し被ってしまいましたし、移動中、着替えは出来ませんでしたから、汚れているでしょうね。


「アレス様。騒動とは、何かあったのでしょうか?」

「ここで話すような事ではないな。まあ、騎士団の方へ報告が云っているはずだから、父上は把握していると思う」

「そうですか」


 このレテスと呼ばれている方はおそらく使用人の中でも地位が高いのでしょう。アレスの言った事からわかるのは、この家の当主である辺境伯様に直接関われる立場という事ですね。


「レミリア様。お部屋までご案内しますね」

「え? いえ、あの……」


 いつの間にかに来ていた女性の使用人に誘導されて、事前に用意されていた部屋に移動することになりました。


「レミリア。また後でな」

「……ええ」


 あまりこのような待遇を受けるのは気が進みませんが、この後にアレスのお父様である辺境伯様に会うことになる以上、身支度はしなければなりませんから、今はこれを受け入れておきましょう。

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