第46話 魔物になった王子


 翌日、王子はダンジョン攻略に姿を見せなかった。

「……王子様は公務に出ておられまして……」

 宮廷騎士団の副団長が、アトラスたちにそう説明する。しかし、それはアトラスたちを納得させるための嘘であった。実は王子が任務を放り出すことは時々あり、騎士団員たちは王子がサボった場合「公務であると言え」と言いつけられていたのである。

「そうなんですか。それでは我々だけで攻略を進めますか」

 アトラスは王子がいないことについて特に何も思わなかった。別にいたところでさほど役にも立たないからである。

 むしろ先日の決闘の後、王子とアトラスの間には最悪の空気が流れていたので、いないほうがやりやすいというのが正直なところであった。

「申し訳ありませんが……」

 副団長はそう平謝りする。だが内心では、彼もまた王子がいないことに一安心しているのだった。


 †


 一日の攻略が終わり、解散するアトラスパーティと宮廷騎士団たち。

 アトラスパーティは各々帰路につく。あるところまでは一緒であったが、最後にはアトラス一人になる。

 家に向かって、のんびり歩いていく。

誰もいない閑静な道。

 だが、そこに突然現れる一人の男。

 その姿に、アトラスは驚いて立ち止まった。

 現れたのは、他でもないジョージ王子だった。

 その表情は、暗がりの中でもはっきりとわかるほど、不気味な笑みに歪んでいた。

「どうされたんですか……?」

 思わずアトラスはそう聞く。

「……僕は強いんだ……」

 そう言うと王子は腰に差していた剣の柄に手を伸ばす。

 そこでアトラスは、その剣がいつものそれと違うことに気が付く。

 王子が抜刀すると、刃が闇色に輝き、光の粒が勢いよく飛び出した。その光の粒は一か所に集まって形を作る。

「――ミノタウロス!?」

 次の瞬間。光は上級モンスターに姿を変えた。

 突然ダンジョンでもないところにモンスターが現れるなんて、そんな事象は聞いたこともなかった。

 ミノタウロスはすぐさまアトラスを敵と認識して襲い掛かってくる。

 とっさに剣を引き抜くアトラスだが、中途半端な迎撃態勢しか取れず、ミノタウロスの猛攻を受け止めることができなかった。

「ッ!!」

 吹き飛ばされるアトラス。倍返しが発動してミノタウロスに大きなダメージを与えることはできたが――

「ほらほら!」

 再び王子が剣をふるうと、またしても剣からモンスターが出てくる。

 今度はトロール。それも二体。

「グァァァ!」

 トロールも、まるで我を忘れたようにアトラスに襲い掛かってきた。アトラスは倍返しを使いながら、なんとか現れたモンスターたちと戦っていく。

 しかしようやくミノタウロスとトロールを倒したと思ったら、さらに今度はリザードマン・キングが現れる。

「ほらほら!!」

 さらに王子はモンスターを生み出す。

 今度はゴブリンキング。

 王子によって生み出されたモンスターたちは、瞳に赤い狂気を宿してアトラスに次々襲い掛かってくる。

 なんとか応戦するアトラス。

 だが、いくら戦っても切りがない。どれも倒せない敵ではないが、こうして次々現れては、いくら豊富なHPを持つアトラスでも危なかった。

「どうすれば!?」

 アトラスは目の前のモンスターと戦いながら、なんとか打開策を探る。

 そして、一つの結論に達した。

 ――王子から剣を奪うしかない!

 アトラスは攻撃を受けた後、倍返しを温存する。

 そしてモンスターの間をかいくぐり、王子に向かって跳躍し剣を振る。

「――“借金返し”!」

 温存したカウンターを、王子に向かって放つ。

 王子はとっさにモンスターを出して身を守ろうとするが間に合わず、もろにアトラスの倍返しを食らう。

 後方に吹き飛ばされる王子。

「くッ――!!」

 王子の手から魔剣が零れ落ちる。それをキャッチして、アトラスはそのまま後方に跳躍した。

「――なんとかなった……」

 アトラスは安堵のため息をついた。

 ――だが。

「き、さまぁ……!!!!」

 王子は立ち上がり、アトラスをにらみつける。

 その視線は狂気に憑りつかれていた。

「僕の剣を――かえせぇ!!!!!!!!」

 王子が叫んだ次の瞬間。

 魔剣が共鳴した。アトラスの手から魔剣がひとりでに飛び出し、王子のもとへと飛んでいく。

 そして――

「ぐはッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 ――剣は王子の心臓に突き刺さった。

「なにッ!?」

 王子の体を守るべき結界(ライフ)はまだ残っていた。

 だが、それでも剣は王子の体に突き刺さっている。そして、次の瞬間、剣から黒い光があふれだし王子の体を包み込んでいく。

「王子様!!」

 アトラスが叫ぶが既に手遅れだった。

 光はどんどん膨張し、やがて形を作る。王子の体は闇色の光に飲み込まれ、そしてその光の下から大きな物体が現れる。

 それは――巨大な竜だった。

 魔剣が王子の心臓に突き刺さり、その体は膨張して竜へと姿を変えたのだ。

 体は漆黒の鱗におおわれ、眼は深紅に光る。

「――グァァァァァアッ!!!」

 普通の家の数倍はあろうかという巨竜が咆哮すると、それだけで大地が震動した。

 一般的に竜は知的な生き物だとされている。けれど、目の前のそれに理性は見えなかった。ただすべてを焼き尽くし、奪いつくすために存在している。狂気に満ちた瞳がそれを物語っていた。

「グァァァァァァァアァァァァァァッ!!!!!!!!!!!」

 巨竜はもう一度咆哮し、それと同時にその前足を振り上げる。

 アトラスはそれまで呆然としていたが、我に返ってとっさに後ろに跳躍した。

 直撃は免れた。しかし地面には大穴が空き、風圧と砕けた土砂によってそのまま吹き飛ばされる。

 そして立ち上がる間も与えてくれない。巨竜は口を大きく開けて、そこから漆黒の炎を打ち出した。ドラゴンブレスをまともに食らいアトラスは大幅にHPを削られる。

 倍返しは自動で発動する――だが立ち上がって見ると巨竜のHPはほとんど削られていなかった。

(……とんでもなく強い! SSランクボスよりもはるかに!)

 圧倒的な攻撃力と防御力。そして無尽蔵なHP。

 とても勝てる相手には思えなかった。

 ――アトラスは死を覚悟した。自分では勝てない相手だと思った。

 だが、巨竜は次の瞬間、アトラスに対して興味を失い別の方向へ歩き出した。

 アトラスは巨竜が向かう方を見た。

「街に向かってる!?」

 あんな強力なモンスターが、街に行けば大勢の人間が殺されるのは明白だった。

 ――だが、一人で止めようにも勝ち目はない。アトラスはそれを理解して駆け出した。

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