第29話 罠とわかっていても

 王女様から呼び出され、元上司と決闘するという謎イベントが終わった夜。アトラスは自宅で妹ちゃんと食卓を囲んでいた。

 本当は王女様から夕飯に誘われたのだが、兄がたじろいでいる間に、妹ちゃんが「用事があります!!」と力強く宣言し、帰宅することを余儀無くされたのである。

「用事なんかないのに王女様のお誘いを断っちゃって、大丈夫かな」

 アトラスが不安げにため息をつく。小心者の彼は、王女の誘いを断ったことに不安を覚えていたのだ。

「家族で団欒! これ以上の用事なんてないでしょ!?」

 妹ちゃんはビシッと言い放つ。

「……いや、でも……」

「お兄ちゃんは、私と王室、どっちが大事なの!?」

(いや、だからそれは嫁が旦那に言うやつや)

 アトラスはまた心の中でため息をつく。

 ちなみに、王女様からはまた日を改めて夕食に誘われる運びとなっていた。

(なんか「ぜひ父とお会いしてほしい」とか言ってたけど、当然父って国王陛下のことだよな……)

 アトラスの不安は止まらない。

 だがそんな兄の不安な心中をさておき、妹ちゃんは腕を揺すって宣言する。

「来週こそ、二人でデートに行くから!」

(これは「お前、来週は王女様の誘いを断れよ」という「お達し」でしょうか)

 それを察したアトラスは妹ちゃんを見て頷く。

「王女様には再来週にと伝えます……」

「再来週も用事あるから!!」

「さ、再来週も!?」

(妹ちゃん、なぜか意地でも俺と王女様を会わせない気か。一体なぜ……)

 と、そんな風にアトラスたちが「一家団欒」していると――

 突然、玄関から扉をノックする音が聞こえてきた。

「こんな夜に一体誰かな? 最近、うちに来る人が多いね……」

 妹ちゃんは来訪者を怪しむ。

「ちょっと見て来る」

 アトラスは布巾で口を拭ってから、立ち上がる。

「私も行く」

 アトラスたちは二人で玄関まで行く。扉を開けると――そこには誰もいなかった。

「あれ?」

 アトラスは周囲を見渡すが人っ子一人いない。

 だが、代わりに扉の前に一通の封筒が置かれていることに気が付いた。封筒を拾い上げると、中から短い便箋と、何かのカードが出てきた。

 カードを見ると――そこには見覚えのある名前が記載されていた。

「……アニス? アニスの隊員証!?」

 ≪ブラック・バインド≫のものではなく、転職した先のギルドの隊員証だ。

(なんで大事な書類がこんなところに……)

 と、アトラスは同封されていたメッセージに手を伸ばす。


 ――≪奈落の底≫で待つ。誰かを呼んだらアニスの命はないものと思え。


「ゆ、誘拐!?」

 アトラスは息を飲む。異常事態を察した妹ちゃんが後ろから駆け寄って来る。

「どうしたのお兄ちゃん?」

「あ、アニスが誘拐された!」

「え!?」

「≪奈落の底≫に来いって」

「お兄ちゃんを呼び出すために人質として誘拐されたってこと?」

 つまりはそう言うことだった。 

「……助けに行かなきゃ」

 アトラスは一も二もなく、アニスを助けに行く決意をした。

 言うまでもなくそれは、自ら罠に飛び込むことを意味していたが、自分の身の危険なんてどうでもいいことだった。

アトラスは急いで家の中に入り、冒険道具一式を手に取る。妹ちゃんはそんな兄を止めることはしなかった。兄の無類の強さを誰よりも信じているからだ。

「お兄ちゃん、これ持って行って!」

 妹ちゃんは兄にあるものを手渡す。それは妹ちゃんがずっと大切にしているものだった。

「……ッ! ありがとう!」

 それを受けとり、アトラスは勢いよく家を飛び出した。


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