第24話 もしかして、あの「土下座のコナン」ですか?


 クラッブの命を受けたコナンは、定時後にアトラスの自宅へと向かった。家の前まで行き荒々しく扉を叩く。

「おーい、アトラス!」

 外からそう呼びかけると、少しして中からアトラスが出てくる。

「どちら様ですか……って、コナンさん?」

 アトラスは、元パーティメンバーが突然家にやって来たことに困惑する。

「久しぶりだな、アトラス! 今日はお前に耳寄りな情報を持って来てやったぞ!」

「……は、はぁ」

 アトラスはローテンションで答えるが、コナンはそれに気がつかず、用意してきたセリフをドヤ顔で言い放つ。

「お前をクビにしたのはトニーの独断でな! ギルマスはお前のことを高く評価しているそうだ! だからお前を再びパーティに迎えたいとおっしゃっている!」

 アトラスをクビにした責任をトニーに押し付けるというのが、コナンの考えた作戦だった。

 しかし、当然アトラスにしてみればまったくもって魅力もない提案だった。

「いや、前も言いましたけど、もう≪ブラック・バインド≫に戻るつもりはなくて」

 アトラス的には、自分をリストラしたのが誰の判断であろうと関係のないことであった。もう彼にとって≪ブラック・バインド≫は「過去」のことになっていたのだ。

 だが、さすがにコナンもそれは予想していた。なので今回は「エサ」を用意していた。

「まぁまぁ。聞いて驚け? なんと、ギルマスはお前を役員(パートナー)として迎え入れるそうだ!」

 役員はギルドの中で最高ランクの肩書きである。大ギルドでも役員の数はそう多くない。

 まして、王国公認ギルドの役員ともなれば、誰もがうらやむポストである。ギルドを引退しても「元役員」という肩書だけで一生食べていけるだろう。

 そして≪ブラック・バインド≫は腐っても王国公認ギルド。その椅子を狙う争いは苛烈で、空きなどあるはずがない。つまり、このアトラスを役員にするというのは、コナンが勝手に考えた作り話だった。ギルマスであるクラッブにはなんの相談もしていない。だが、どうせSSランクダンジョン攻略の間だけギルドにいてもらえればそれでいいのだから、ギルマスも許してくれるだろう。コナンはそう踏んだのである。

「どうだ、役員だぞ? 多分最年少の王国公認ギルド役員だぞ!」

 コナンはハイテンションで言う。ギルドメンバーなら誰もが夢見る役員(パートナー)の地位。それをぶら下げれば、必ずやアトラスも戻ってくると思ったのだ。だが、

「いや、役員とか興味ないんで……」

 アトラスはコナンの言葉を一蹴する。

「なに!? 役員だぞ!? それも王国公認ギルドの!!」

 コナンはまさかその提案が否定されるとは思わず、声を荒らげた。だが、アトラスは本当に心の底から興味がなかったのだ。

「別に給与なんてたくさんはいらないですし、それに肩書きも隊長で十分すぎます。今のギルドのメンバーたちと楽しくやっているのでそっちの方がいいです」

 アトラスがそう言うと、コナンは顔を真っ赤にした。

「な、な、生意気な!! せっかく破格のオファーを出してやってるのに!!」

 懲りもせず上から目線で怒り出す。だが、それでアトラスの考えが変わるはずもなかった。

「とりあえず興味ないんで……」

 アトラスは戻る意思がないと再度伝えるが、しかしコナンは引き下がりそうになかった。

 なので、どうしたものかと困り果てたアトラスだったが……

 ――その時。家の中から妹ちゃんが出てきた。会話を聞きつけて、一言言いにきたのである。

「あの、あなた何様ですか」

 妹ちゃんは冷たい声でコナンにそう聞く。

「なんだ、お前は!?」

「家にいきなり押しかけてきて喚かれるとか迷惑なんで、さっさと帰ってもらえますか?」

 妹ちゃんが厳しい口調で言うと、コナンは顔を真っ赤にする。

「なんだと!? 全く失礼な小娘だな!!」

 と、そこまで言って、コナンは彼女の格好に見覚えがあることに気がつく。

「お前、その制服は≪王立冒険者学校≫の生徒だな!?」

 妹ちゃんは、ちょうど学校から帰ってきたばかりだったので制服のままだった。コナンが言うように、妹ちゃんは王国一の冒険者学校である≪王立冒険者学校≫に通っている。

「そうですけど、何か?」

「俺は≪≪王立冒険者学校≫≫の卒業生だ。つまりお前の先輩だ。伝統と格式を重んじる≪王立冒険者学校≫の生徒であれば、先輩は敬うべきじゃないか?」

 実は、コナンはこう見えても名門である≪王立冒険者学校≫の卒業生だった。それはコナンにとって、ギルドに入ってからもずっと一番の誇りだった。≪ブラック・バインド≫には他に王立学校の卒業生はいなかったから、なおのこと卒業生であることを自慢していたのである。

 だが、コナンが学校の先輩と知って、妹ちゃんは「信じられない」という反応を示す。

「え、あなたが王立学校の卒業生なんですか……?」

 目の前の明らかに無能そうな男が学校の卒業生だとは到底思えなかったのだ。

「どう言う意味だ!? この≪ブラック・バインド≫Sランク隊長のコナンが、≪王立冒険者学校≫の卒業生にふさわしくないとでも言うのか!?」

 今にも妹ちゃんに掴みかかりそうな勢いで、鼻息荒く言うコナン。

 ――だが、自分の名前を名乗ったのが運の尽きだった。

「え、コナン……?」

 妹ちゃんは、その名前に聞き覚えがあった。

「もしかして……あの“土下座のコナン”?」

 そう、コナンは学校では伝説的な人間だった――もちろん悪い意味で。

「――――ッ!?」

 自分に都合の悪いことは平気で忘れるのがコナンの特技であった。トニー隊長に見捨てられダンジョンで死にかけていたところをアトラスに助けられたことだってすぐに忘れていた。

 だから“土下座のコナン”というあだ名を言われるまで、学生時代の自分を忘れていたのだ。

 だが、一度その名を言われれば、すべてが鮮明によみがえる。

コナンの慌てぶりを見て、妹ちゃんは確信する。

「王立学校千年の歴史で、もっとも無能な生徒で、卒業試験に落ちて三日三晩先生の部屋の前で土下座してなんとか卒業させてもらったって言うあの“土下座のコナン”ですか!?」

「な、な、なんだと! 人違いだ! 俺が“土下座のコナン”なわけないだろ!?」

 声を震わせながら否定するコナン。しかしそれは白状しているに等しい態度だった。

 妹ちゃんは逆にテンションが上がって、嬉々とし煽りだす。

「どうりで、無能そうだと思ったんですよね! やばいですね、まさか“伝説“の“土下座のコナン”に会えるなんて、めちゃくちゃ光栄です!」

「おおおおお、お、お前!! 殺すぞ!!」

 コナンはにらみつけるが、妹ちゃんは全く動じない。

「ははは、ウケる」

 逆にそんな一言で片づけてしまう。

「妹ちゃん、それくらいにしときなよ……」

 それまで静観していたアトラスが妹を止める。さすがに、コナンがかわいそうに思えてきたのである。

「うん、わかったよ。お兄ちゃん。これ以上言ったら、“土下座のコナン”さんがかわいそうだもんね」

 妹ちゃんはダメ押しとばかりに最後にそう言い放つ。

「お、お、お、お前!!!! 学校に報告してやる!! た、た退学処分にしてやるぞ!! Sランク隊長の俺が声をかければ、学校だって動くんだぞ!?」

 いつも以上に口からでまかせを言うコナン。だが、それを見てさらに声を上げて笑った。アトラスはいてもたってもいられなくなり、

「……コナンさん、とりあえず失礼します」

 そう宣言して、妹ちゃんを引っ張り無理やり家の中に入れる。

「お、お、お前ら!! 絶対許さんぞ!!」

 きょどり倒したコナンの声が辺りに響き渡るのだった。


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