第二章 ギルマス編

第19話【ギルマスside】王女のお目当は「無能のアトラス」

 ≪ブラック・バインド≫のギルマス、クラッブはその日王宮へと呼び出された。なんでも王室から直接ダンジョン攻略の依頼があるらしいのだ。

 ≪ブラック・バインド≫は少し前に王室からの依頼を受注しそれを成功させていたので、王室と少しだけコネクションができていた。だが、それでも王宮から呼ばれると言うのはそうそうないことだ。

(我がギルドも、大きくなったものだ……)

 クラッブはしみじみと思いながら王宮へ向かう。五年前まで≪ブラック・バインド≫はただの小さなギルドだった。それが、今では王国公認ギルドとなり、こうして直接王宮にまで呼ばれる存在にまでなったのだった。

(このチャンスをものにして、さらにギルドを大きくしてやるぞ……)

 そう決心して、クラッブは王宮へと入った。

「クラッブ殿、よく来てくれました」

 王宮でクラッブを待っていたのは、他でもないローレンス王国の王女様ルイーズ・ローレンスだった。透き通った肌は、白を基調としたドレスと一体化している。その中に青い瞳と金色の艶やかな髪が映える。王女だということを抜きにしても神々しさを感じる容姿だった。

「王女様……お久しぶりでございます」

 ≪ブラック・バインド≫は、先日ルイーズの別荘に出現したSランクダンジョンを攻略する任務を見事に成功させていた。そのおかげで王女と知り合っており、今回直接仕事の依頼がくることとなったのだ。

「実は≪ブラック・バインド≫に、SSランクダンジョンの攻略を頼みたいのです」

 SSランクダンジョンは、数あるダンジョンの中でも最も難易度が高いもので、その攻略を達成することはギルドにとっても大きなステータスになる。

 ≪ブラック・バインド≫はまだSSランクダンジョンに挑戦したことさえなかった。だがクラッブも、そろそろその時だろうと思っていたのだ。まさに渡りに船である。

「ありがたき幸せでございます、王女様。謹んで承ります」

「そうですか、それはよかったです。ただし、一つ条件があるのですが」

「条件、でございますか」

「ええ。と言っても、おそらく簡単なことです」

「なんでございましょう」

 クラッブが聞くと、王女はわずかに笑みを浮かべながら答える。

「あの、アトラスという青年を攻略に参加させることです」

 予想外の言葉に、クラッブは一瞬顔をしかめた。

「あ、アトラスでございますか?」

「ええ。前回の攻略の時、近衛騎士と模擬戦をしていただきましたが、そのお姿を拝見して以来すっかりファンになってしまって」

 そういえば、アトラスが近衛騎士と模擬戦をして勝ったという話をトニーから聞いていたなとクラッブは思い出す。その話を聞いたときは、てっきり大きなハンデをつけてもらったのだろうと、気にも留めなかったのだが。

「是非また戦うお姿を拝見したいのです。叶えていただけますか?」

 王女の言葉に、クラッブは心の中で舌打ちをした。

(あの無能男は、とうの昔にクビにしたというのに)

 だが、そんなことを王女様に言えば、今回の依頼はなかったことになってしまうかもしれない。そうなったら、ギルドとしてあまりに大きな失注だ。

「アトラスの参加ですね。もちろんで可能ございます、王女様」

 ――ほとんど反射的に、クラッブはそう返事をしていた。

(別に嘘はついていない。「アトラスを参加させることはできますか?」と聞かれたのであって、「今アトラスはギルドにいますか?」と聞かれたのはないのだから。クビにしたが、戻って来てもらえば良いだけだ。あの無能野郎、戻って来てもいいと言えば泣きながら喜ぶだろう)。

 クラッブは気楽にそう考えていた。

「では、お受けしたSSランクダンジョン攻略、必ず成功させてみせます」

「ええ、頼みました。アトラスさんとお会いできること、楽しみにしています」

 王女は恋する乙女のようにを赤らめて言った。

「(……あの無能をご所望とは、王女様も趣味が悪い)」

 クラッブは内心で舌打ちする。だが、すぐに気を取りなおす。

「(まぁ、SSランクダンジョン攻略までの間だけ、アトラスに戻って来てもらえばいいことだ。何の問題もない。それよりも、ふふっ……とうとうSSランクダンジョン攻略に挑むか……我がギルドも大きくなったものだ)」

 アトラスが≪ホワイト・ナイツ≫でSランクの隊長に任命され、毎日楽しく過ごしているなど知りもしないクラッブは、SSランクダンジョン攻略という言葉に酔いしれるのだった。


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