第10話 ……洗礼?


 王国一の名門ギルド≪ホワイト・ナイツ≫に、Sランクパーティの隊長として採用されたアトラス。

 その勤務初日。ギルマスであるエドワードに連れられ、アトラスは緊張しながら新しいパーティメンバーの元へと向かった。

(……きっと、使えないと思われたらすぐに追い出されるんだろう)

 アトラスの頭の中にそんな思考が浮かぶ。だが、その直後、妹ちゃんの顔が浮かんで、そして思考が切り替わる。

(いや、それでもいいじゃないか。挑戦してみてダメだったらそれでもいい。失うものなんて何もないのだから)

 心の中でアトラスはそう腹をくくる。

 ――やがて、新しいパーティメンバーたちが見えてきた。

「おはようございます!」

 アトラスは勢いよく挨拶する。するとこれから部下になる冒険者たちはアトラスのほうを一瞥して頭を下げた。

 屈強そうな男が二人、それにグラマラスな女性が一人。

 ――そして、一番若い、背の低い小さな女の子が一人。

 女の子は剣を持っている。アトラスと同じく前衛のようだった。金髪にツインテールが印象的。顔にはまだ幼さが残っている。

 そしてその女の子が、真っ先に口を開いた。

「この人が、新しい隊長? なんか弱そう!」

 いきなり、そんな風に言ってくる「部下」に面食らうアトラス。

(……た、確かに強そうには見えないだろうけど……)

 ≪ブラック・バインド≫では晩年平社員で後輩たちにも抜かれていたので舐められることに慣れてはいたが、それでも傷つくものは傷つくのであった。

 そんなアトラスの気持ちを知ってか知らずか、エドワードが女の子に穏やかに言う。

「イリア、弱そうに見えるなら、ちょっと戦ってみるか?」

 女の子はイリアという名前らしい。

(っていうか、戦うって言った?)

 アトラスは内心「えっ」と驚く。いきなり≪ホワイト・ナイツ≫のSランクパーティのメンバーと力比べするのかと焦る。

「うん、戦う。だって、私より弱かったら隊長って認めないもん」

 アトラスはイリアの気持ちも理解できた。いきなり若くてなんの実績もない奴が現れて、そいつが弱そうだったら、隊長なんて言われても疑うのは仕方ないだろう。

「そういうわけだ、アトラス君。悪いけど、ちょっと付き合ってもらえるかな?」

「はい、わかりました」

 アトラスは緊張しながら頷く。

「それでは、早速だが二人で模擬戦をやる。アトラス君の力を知ってもらうにはそれが一番だろう。百聞は一見に如かずだ」

 ――こうして、自己紹介もないまま、アトラスは「部下」と戦うことになったのだった 


 †


 ギルドの広場で向かい合うアトラスとイリア。

「それでは……先に相手のHPを半分まで削った方が勝ち。それでいいな?」

 ギルマスが二人に確認する。

 HPがある限り生身の肉体が傷つくことはない。それゆえ人間同士で模擬戦をする場合には相手のHPを一定まで削った方が勝ちというルールで行う。

「もちろん」

「はい、わかりました」

 イリアは腰からレイピアを引き抜いて構える。アトラスも渋々それに倣った。

「では――――はじめ!」

 ギルマスの掛け声で模擬戦が始まる。

先に動いたのはイリアだった。一気に間合いを詰める。

(なんだ、コイツ対したことないじゃん)

 イリアはアトラスのあまりのノロさに、内心そう思った。

 実際、アトラスはイリアの動きを目で追うこともできなかった。イリアの剣がアトラスの体に届こうかというまさにその直前に、ようやく体が反応して攻撃を避けるモーションに入る。だが、当然防御には間に合わない。アトラスはそのまま手痛い一撃を食らった。

「こんなんで隊長なんて、ほんとバカみたい」

 とイリアは突き抜けざまに鼻で笑う――だが。

 次の瞬間、イリアの体を鋭い斬撃が襲う。

「――ッ!!!」

 イリアは自分がなんの前触れもなく「斬られた」ことに驚いた。

(そ、そんな!? アイツ、斬られるまで反応すらできていなかったはずなのに!?)

 気がついたらイリアの方が斬られていた。模擬戦は一瞬で終わった。

「アトラスの勝ちだな」

 ギルマスが宣言する。イリアが確認すると、自分のHPは半分を割っていたが、アトラスのHPは10分の1ほどしか削られていなかった。

 自分が大きなダメージを受けたことは自覚していたが、アトラスがほとんどダメージを受けていなかったのには驚いた。Sランクの攻撃力を持つイリアが渾身の一撃をまともに食らわせたのに、ほとんどノーダメージ。それほどアトラスのHPは多かったのである。

 そして、アトラスのスキル“倍返し”によって、イリアは自分が与えたダメージの倍の攻撃を受けた。イリアはSランクの攻撃力があるが、HPは平均的なものであった。それゆえ、Sランクの攻撃を≪倍返し≫されたことで、一気にHPが半分以下になったのである。

「アトラスに攻撃をした者は、与えたダメージの倍のダメージを受けるんだ」

 控えめなアトラスに代わって、ギルマスが解説する。

 イリアは自分が負けた事実にただただ驚く。

 そして少し考えて、自分がアトラスには逆立ちしても勝てないのだという事実に行き着いた。

「――――失礼しました!!」

 次の瞬間、イリアは腰を90度に曲げて、アトラスに頭を下げた。

「ここまでお強い方とは知らず無礼でした! どうかお許しください!!」

 Sランクの冒険者が急に頭を下げてきたので、アトラスは思わず驚く。

「あ、いや、そんな。別に全く気にしてないから」

 アトラスは逆にたじたじになったが、イリアは一度頭を上げた後、さらにもう一度頭を下げて大きな声で言う。

「隊長が誰よりも強いことは理解しました! このイリア、隊長についていきます!!」

 イリアは完全な実力主義だった。弱い者とはつるまず、強い者には敬意を払う。それゆえにこの若さでSランクにまで上り詰められたのだ。そして実力主義であるがゆえ、アトラスに負けた瞬間、強者であるアトラスについていこうとマインドを切り替えたのである。

「どうやら、アトラスくんが隊長に相応しいということは理解してもらえたようだな」

 ギルマスがパーティメンバーたちの顔を見渡しながら言う。

ここに揃っているのは並み居る強豪たちばかりだ。だからこそ、実際に彼が戦うところを目の当たりにした後で、アトラスの実力を疑うものなど一人もいなかった。

「それでは、アトラス君、今日からよろしく頼むよ」

「はいッ……! 頑張ります」


 †


 アトラスとその部下たちは互いに自己紹介を終えると、早速ダンジョン攻略へと繰り出した。

 Sランクパーティにふさわしく、Sランクダンジョンへ潜る一行。

 オーソドックスな迷宮型ダンジョン。その暗がりの道を一行はしっかりとした足取りで進んでいく。

「隊長、前方からゴブリンロードの群れがやってきます。数は20です」

 後衛の魔法使いが、持ち前の探知魔法で敵の動きを把握し、事前に敵襲を教えてくれる。

 その事実にアトラスは少し感動した。前のパーティにはそんな能力の持ち主はおらず、常にアトラスが先頭で敵の一撃を受けていたのだ。

「ありがとうございます」

 そして実際にゴブリンロードの群れが現れる。魔法使いは既にそれを見越して、大魔法の準備を始めていた。

「隊長、3分だけ時間をください!」

 アトラスはそれを聞いて感嘆した。

(……たった3分で大魔法の詠唱が終わるのか)

 前のパーティではトニー隊長が魔法使いのポジションだったが、大魔法の詠唱に10分かかるというのが当たり前だった。

 と、アトラスが部下の優秀さに驚いていると、ゴブリンロードたちが襲い掛かってくる。

 アトラスは剣を引き抜いて、ゴブリンロードたちに向かっていく。

 ゴブリンロードの振り下ろした棍棒を剣で迎え撃つが、アトラスの腕力では支えきれずそのまま押し切られる。体勢を崩したアトラスに対して、周囲のゴブリンロードたちも攻撃を食らわせた。

 ――だが、それらは “倍返し”で跳ね返り、一気に周囲のゴブリンロードが倒れていった。

 そして、アトラスが敵を倒している間に、他のメンバーたちも次々ゴブリンを倒していく。

 パーティはわずか2分の間に、10体以上を倒した。そして約束の2分が経過したところで大魔法が炸裂する。

「“ドラゴンブレス・ノヴァ”!」

 魔法陣から飛び出した大火力が、残りのゴブリンたちを一気に焼き尽くした。

 Sランクモンスター20体がわずか2分で壊滅。≪ブラック・バインド≫ならありえない速さだ。

「すごいな、みんな……」

 アトラスは部下たちを見まわして言った。だが、部下たちも同じ感想を持っていた。

「何言ってるんですか隊長。一瞬でゴブリンロードを5匹も倒す隊長が一番すごいですよ!」

 イリアがそう持ち上げると、周囲のメンバーもそれに同意する。

 ――互いへのリスペクトに満ちたやりとりだった。

 かつてアトラスにとってダンジョン攻略はただただ過酷なものだったが、今は違う。

 初めてダンジョン攻略が楽しいと思えた。

(……なんていいパーティなんだ)

 アトラスはしみじみと≪ホワイト・ナイツ≫で隊長をできることの幸せを感じるのだった。


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