第2話 460kmツーリング

 個人的に、天気は気まぐれで、魅力的な女性だと思う。



 セレクトインの朝食はカレーから始まる。いや、カレーしかなかった。おかずとして並ぶは、きんぴらごぼう、サバの塩焼き、ポテトサラダの3種類。あとはカレー、味付け海苔、みそ汁、パン。このラインナップではカレーを選ぶしかない。例のウイルスの影響なのだろうか。少しわびしい。


 今日の天気は小雨。昨日と比べれば、実質曇りみたいなものだ。順調に北上していく。目的地は八幡平アスピーテライン。会社の先輩曰く、「絶景、特に夜中に走ると天の川がすごくよく見える。チリの砂漠で見た星空よりもきれいだった」。

 そんなわけがないだろう。多分思い出補正できれいに見えているのだ(もちろん、私はチリに行ったことさえない)。そこまで言うなら確かめてみようじゃないか。


 途中、道の駅雄勝で稲庭うどんを食す。ぶっかけうどん、550円。旨い。稲庭うどんの有名店「八代目佐藤養助」で食べたものよりも美味しい気がする(先週の出張の際に食べた)。ツーリング補正だろうか。読者の皆さんも是非食べ比べてみてほしい。

 八幡平の手前で田沢湖に寄り道する。日本一深い湖だそうだ。田沢湖の湖畔道路を一周する。なぜかこの時だけ空が晴れる。湖は美しく、道は爽快だ。最高の気分。バイク乗りも多く、皆テンションが高いのか、ヤエーが多い(ヤエーとは、ライダーがお互いに手を振ったり、ピースしたりする特有の挨拶である)。湖畔のキャンプ場は日曜だというのに繁盛している。自分も田沢湖でキャンプを考えていたが断念。私はヒトゴミが嫌いなのだ。


 田沢湖一周が終わり、とうとう本日のメインディッシュ「八幡平」へ向かう。寒い。田沢湖の気温は21℃だったのに、八幡平への山道は16℃しかない。ガタガタと震えながら駐車場を探す。周囲には大量のクマ注意の看板が立っている。20分ほどして駐車場が現れたが、クマ注意の看板にビビッて素通りしてしまう。通り過ぎる際、何か黒い動物が駐車場にいた。クマだ。どうやら命拾いしたらしい。ラッキーだった。

 1時間ほど走り、ようやくアスピーテラインの入り口に到達する。寒さで体は限界だ。周囲には霧がかかっている。すぐ近くにはキャンプ場があったが、断念する。こんな寒い中、ハンモック泊なんてしたら大変なことになるだろう。テントを買っておけば良かったと、少し後悔するがもう遅い。

 とりあえず防寒具として、雨具を着込み、アスピーテラインに突入する。しかし、突入したはいいが、周囲には霧しか見えない。今日のツーリングもダメだったか、と思ったとき、突然霧が晴れる。どうやら山頂付近だけ晴れているようだ。

 そして絶景が広がる。道路の周りには枯れた立木が並んでいる。火山地帯特有の光景だ。立木の奥には、まだ霧がかかっており、先が見えない。それでも立木が無数に並んでいることだけはわかる。そして上を見上げれば青空。うっすらと半月も浮かんでいる。山頂の展望台からは周囲の山々が見下ろせる。風で霧が流されている風景からは、言葉に表せない神秘さを感じる。おすすめされた理由が分かった気がした。しかし、10分もすると山頂まで霧がかかった。天気の神様は気まぐれである。おおよそこちらの思い通りにはいかないが、予想外のタイミングで微笑んでくれる。だから私は、天気は女性だと思っている。


 アスピーテラインを下り、岩手県へ抜ける。登りよりもひどい霧の中を走り、全身びちょ濡れだ。それでも無事下山し、宿を検索。八幡平市にはあまり宿がなく、仕方がないので、八戸へ行くことにする。約100km、2時間の道のり、現在時刻は17時。昨日とは別の意味で過酷なツーリングとなりそうだ。

 さすがに2時間ぶっ通し走行は疲れるので、コンビニで休憩。一服していると住職らしき人に話しかけられる。「千葉から来たんですか?」そうです。恐山へ行こうと思ってますと言うと、「恐山は神聖な山だから、気を付けて」と意味深なことを言われる。どういう意味だろうか。よくわからないので、適当に答えて走行を再開する。(……この時は、明日のことなんて予想さえもしていなかった。)


 ようやく八戸に到着する。19時過ぎ。本日の走行距離は460km。すっかり暗くなってきた山道を走っていると、突然大きな街が現れた。八戸は思っていたよりも都会だ。八戸、青森、弘前。栄えている街が3つもある青森県は東北の中でも都会なのかもしれない、などと妄想してみるが、いかがだろうか。

 今日のホテルもセレクトイン。ホテルの受付におすすめされた「屋台通り」へ晩飯を食べに行く。屋台通りはその名の通り、薄暗い路地に屋台が連なっている。屋台は扉こそあるものの、窓から店内の様子が全開になっている。地元の常連らしき人々で席は埋まっており、中々に入りづらい雰囲気だ。ましてや、このご時世に関東から来たぼっちな私など入れるはずもない(受付よ、もっと人を見てからおすすめしてくれ)。

 仕方がなく、近くの適当な居酒屋に入る(名前は忘れた)。当たり。少し値は張るが、旨いつまみを出す店だった。まず注文したのは赤鶏のハツ炒め。少し濃いめの味付けが杯を進める。一緒に炒められた長ネギの濃い甘みがハーモニーを生み出している。次は銀サバの串焼き。初めて耳にするが、銀サバは八戸の名産らしい。サバの串焼きというのも初めてだ。もちろん旨い。サバの身にたっぷりと脂がのっており、皮はパリッと焼き上げられている。酒は最初にビール、次に日本酒。陸奥男山を飲んだ。冷で頼んだのだが、お猪口に注ぐとトロっとしている。それでいて飲んでみると、東北の日本酒らしいキリっとした後味が残る。やはり旅は地元の酒に限る。〆にはせんべい汁鍋。豚肉入り卵とじ辛みそ味。無難に醤油や塩といった選択肢もあったが、辛いもので体を温めたかった。八戸の夜は寒いのだ。もちろん旨い。予定調和の味と言えるだろう。疲れた体に鍋が染み渡る。


 就寝前に天気予報を確認。明日、明後日と青森県は晴れるらしい。ならばキャンプだ。ツーリングまっぷるを開くと、良さげな野営場を見つける。明日は恐山へ行こう。

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